配当日記。

37歳で資産3,000万円に届いて会社を辞め、週3日ほどの仕事と配当を組み合わせるサイドFIREを経て、いまは配当金だけで暮らす40代DINKsの記録です。高配当株の配当方針を決算短信やIR資料から読み解く分析と、完全FIRE後の生活費や時間の使い方、読んだ本の感想を、家計の実額を添えて書いています。

DOEと配当性向の違いは?4社8期分の決算短信の実数で確かめる

こんにちは、配当日記です。

DOEは配当性向とROEを掛けたものだ。証券会社の用語解説集でその一行を見つけて、すぐに保有株の決算短信を開きました。三井住友フィナンシャルグループ(8316)の2026年3月期です。表紙に並んでいる配当性向38.0と自己資本当期純利益率10.4を、そのまま掛け合わせてみました。

答えは395.2です。

同じ表紙に載っている純資産配当率(DOE)は3.9%です。桁が2つ大きい。用語集の式を保有株で一度だけ試すつもりが、その一度目でつまずきました。

10分ほど式をにらんで、ようやく原因が分かりました。掛ける前に、配当性向のほうを小数に直しておく必要があったんです。0.380×10.4=3.95。四捨五入して3.9%。表紙のDOEと同じ数字でした。計算を間違えたのではなく、式の写し方を間違えていたわけです。

DOEは、配当性向とROEを掛けた数字です。大和証券の用語集は、DOEの計算式として「年間配当総額÷株主資本」を挙げたうえで、この掛け算の式も並べています。

掛け算だけなら、私にも確かめられます。保有している日本たばこ産業(JT・2914)・三井住友FG(8316)・三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)に、今期からDOEを採用したスズキ(7269)を足して、4社8期分の決算短信を開きました。8期とも、表紙の数字を掛けた値は、表紙のDOEから0.07ポイント以内に収まりました。さらに、公表値ではなく丸める前の実数で計算し直すと、最終桁まで一致しました。近似ではなく、恒等式です。

そして、この式が頭に入ると配当性向の読み方が変わります。JTの2024年12月期は配当性向192.2%。利益の1.9倍を配当に回した期です。ところが、そこまで配っても、同じ期のDOEは9.1%にとどまりました。ROEが4.7%しかなかったからです。翌期は配当性向が81.4%まで下がったのに、DOEは10.6%へ上がりました。

9日前に公開した配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないことで、私はこの2つを「分母が違う指標」として別々の欄に並べました。分母が違うことは書きましたが、その分母どうしがROEでつながっていることまでは書いていません。だから、片方が下がって片方が上がる期があっても、あの記事の整理では理由を説明できませんでした。

なお本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を勧めるものでもありません。株価・配当利回り・PER・PBRといった日々動く数字にも触れません。

この記事の内容

1. DOEは、配当性向とROEを掛けたもの

式を3つ、縦に並べます。

指標 計算式
配当性向 配当金総額 ÷ 当期純利益
ROE(自己資本利益率) 当期純利益 ÷ 自己資本
DOE(株主資本配当率) 配当金総額 ÷ 自己資本

上の2つを掛け合わせると、当期純利益が分子と分母の両方に出てきて、約分で消えます。残るのは配当金総額÷自己資本。3つ目とまったく同じ形です。

大和証券の用語集は、DOEについて「年間配当総額÷株主資本×100(%)」という式と、「配当性向×自己資本利益率(ROE)×100(%)」という式の2つを並べています。三井住友DSアセットマネジメントの用語集にも、同じ2つの式が載っていました。DOEを「株主資本に対してどれだけ配当を払っているかを示す指標」と説明したうえで、配当性向よりも分母が動きにくい、という一言を添えている点も共通しています。

用語集の式は、%のまま掛けると合わない

冒頭で395.2という数字が出てしまった理由は、この式の書き方にあります。用語集の式は末尾に「×100(%)」が付いていて、これは配当性向を小数のまま入れる前提の書き方です。%表記の38.0をそのまま入れると、配当性向が100倍のままなので、答えも100倍、つまり桁が2つ大きくなります。0.380×10.4=3.95。あるいは38.0×10.4÷100=3.95。どちらで計算しても同じ答えになります。

用語集の式をそのまま写して合わないときは、%のまま入れる式なのか、小数に直してから入れる式なのかを疑ってみる。読んで分かったつもりでいた式も、実際の数字に当てはめると、こういうところで引っかかります。

出典:大和証券「金融・証券用語解説集|DOE(株主資本配当率)」/三井住友DSアセットマネジメント「用語集|DOE」(いずれも2026年8月27日取得)

2. 掛け算がDOEに一致するのは、分母がそろっているから

掛け算で当期純利益が消えるのは、式の上での話です。実際の決算短信でも成り立つかどうかは、掛け算の答えが表紙のDOEと一致するかにかかっています。それを決めるのは、ROEの分母とDOEの分母が同じものを指しているかです。ここが違えば、約分して残った「配当金総額÷自己資本」が、表紙のDOEとは別物になります。

三井住友FGの決算短信には、表紙の下に注記があります。

「純資産配当率(連結)」は、普通株式配当金総額を((期首自己資本+期末自己資本)÷2)で除して算出しております。

分母は、期首と期末の自己資本の平均です。同じ表紙には、参考値として自己資本の実数も載っています。2025年3月期末が14,703,435百万円、2026年3月期末が15,785,457百万円。平均すると15,244,446百万円になります。

では、ROEのほうの分母は何か。こちらには注記がありません。そこで逆算しました。親会社株主に帰属する当期純利益1,582,973百万円を、いま出した平均自己資本15,244,446百万円で割ると10.38%。表紙の自己資本当期純利益率は10.4%です。同じ平均自己資本を分母にしていました。

分母がそろっているので、約分して残る「配当金総額÷平均自己資本」は、表紙のDOEそのものです。逆に言えば、分母がそろっていなければ、配当性向とROEを掛けてもDOEにはなりません。第7章で、実際にそうなっている会社を取り上げます。

もうひとつ、表紙の欄名についても触れておきます。DOEの欄名は会計基準によって分かれていて、日本基準の三井住友FG・三菱UFJは「純資産配当率(連結)」、国際会計基準(IFRS)のJT・スズキは「親会社所有者帰属持分配当率(連結)」です。ROEに当たる欄も同じで、前者が「自己資本当期純利益率」、後者が「親会社所有者帰属持分当期利益率」になります。欄名が会計基準で分かれる事情は配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないことで東証の作成要領から整理したので、ここでは繰り返しません。この記事では、どの基準の会社でも「DOE」「ROE」と呼びます。

出典:三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」2026年5月13日, p.1(2026年8月27日取得。平均自己資本と逆算したROEは筆者が計算したもので、会社が公表している数値ではありません)

3. 4社8期分を検算すると、最終桁まで一致した

表計算ソフトに8行の表をつくりました。左から、短信の表紙に載っている配当性向とROE、それを掛けた値、そして同じ表紙に載っているDOEの実績です。

会社 決算期 配当性向 ROE 掛け算
(筆者計算)
短信のDOE
JT(2914) 2024年12月期 192.2% 4.7% 9.03% 9.1%
2025年12月期 81.4% 13.0% 10.58% 10.6%
三井住友FG(8316) 2025年3月期 40.3% 8.0% 3.22% 3.2%
2026年3月期 38.0% 10.4% 3.95% 3.9%
三菱UFJ(8306) 2025年3月期 40.0% 9.3% 3.72% 3.7%
2026年3月期 40.3% 11.3% 4.55% 4.6%
スズキ(7269) 2025年3月期 19.0% 14.6% 2.77% 2.8%
2026年3月期 20.2% 13.8% 2.79% 2.8%

8期とも、掛け算の結果は表紙のDOEから0.07ポイント以内に収まりました。6期はそのまま四捨五入すれば表紙の値と一致します。一致しないのはJTの2024年12月期(9.03%と9.1%)と三井住友FGの2026年3月期(3.95%と3.9%)の2期だけで、それも差は0.07ポイントと0.05ポイントです。会計基準も業種もばらばらで、内訳は銀行が2社、たばこが1社、自動車が1社。それでも、同じ式で説明がつきました。

ずれの正体は、四捨五入だった

表の「掛け算」と「短信のDOE」には、最大0.07ポイントの差があります。この差の正体を確かめたくて、四捨五入する前の実数でやり直しました。三井住友FGの2026年3月期です。

手順 計算 結果
配当性向 601,667百万円 ÷ 1,582,973百万円 38.009%
ROE 1,582,973百万円 ÷ 15,244,446百万円 10.384%
掛け算 (601,667÷1,582,973) × (1,582,973÷15,244,446) 3.9468%
DOEを直接 601,667百万円 ÷ 15,244,446百万円 3.9468%

ぴたりと重なりました。表の上段2行は小数第3位までしか書いていませんが、掛け算には丸める前の割り算の結果をそのまま使っています。

同じことをJT・三菱UFJ・スズキの直近期でも試したところ、いずれも最終桁まで一致しました(三菱UFJだけは、表紙の配当性向ではなく、このあと書くとおり総額ベースで計算し直した40.21%を使ったときに一致しました)。表紙の数字を掛けたときに残る0.0◯ポイントは、公表値が小数第1位で四捨五入されているせいでした。式そのものに誤差はありません。

三菱UFJだけ、配当性向が1株ベースだった

さきほどの「最終桁まで一致」に、三菱UFJだけ条件が付いた理由を書いておきます。実数でやり直すために、4社の直近期について、表紙の配当性向を配当金総額÷当期純利益で計算し直しました。3社は表紙の値と一致します。三菱UFJの2026年3月期だけが合いませんでした。配当金総額976,032百万円を親会社株主に帰属する当期純利益2,427,229百万円で割ると40.21%。表紙の配当性向は40.3%です。合いません。

1株あたりで割り直すと合いました。年間配当金86円00銭を1株当たり当期純利益213.17円で割って40.34%。四捨五入して40.3%。三菱UFJの表紙に載っている配当性向は、1株ベースの数字でした。

配当性向に総額ベースと1株ベースの2通りの書き方があることは、配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめるで用語集を突き合わせたときに確かめています。理屈のうえでは同じ数字になるはずでしたが、実際の短信では0.1ポイント違いました。1株ベースは期中平均株式数を使い、総額ベースは配当の基準日に存在した株式への支払額を使うので、期中に自己株式の取得や消却があると、両者は一致しません。会社が保有する自己株式に配当が付かないことは自社株買いとは何か|会社法が決めているのは「株数・金額・期間」の3つだけで会社法第453条の括弧書きから確かめたとおりです。ただし、どの要因がどれだけ効いてこの0.1ポイントになったのかまでは、表紙からは読み取れません。

やることは単純です。掛け算で検算するときは、総額ベースの配当性向を使う。1株ベースの数字しか手元になければ、0.1ポイント程度の誤差は最初から見込んでおく。

出典:日本たばこ産業「2025年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2026年2月12日, p.1/三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」2026年5月13日, p.1/三菱UFJフィナンシャル・グループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」2026年5月15日, p.1/スズキ「2026年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2026年5月14日, p.1(いずれも2026年8月27日取得。掛け算の欄と実数による再計算は筆者が行ったもので、各社が公表している数値ではありません)

4. 配当性向が下がったのに、DOEが上がる期がある

ここからは、この式が読み方をどう変えるかの話です。冒頭で計算した三井住友FGの2026年3月期を、ひとつ前の期と並べます。

  2025年3月期 2026年3月期 動き
配当性向 40.3% 38.0% 下がった
ROE 8.0% 10.4% 上がった
DOE 3.2% 3.9% 上がった

減配はしていません。同じ会社の、連続した2期の数字です。掛け算の片方が下がっても、もう片方がそれ以上に上がれば、答えは大きくなります。配当性向は率にして5.7%縮み、ROEは率にして30%伸びました。縮んだ幅より伸びた幅のほうが大きいので、DOEは3.2%から3.9%へ上がります。ただし、この2つの増減率を掛け合わせて、DOEの増減率をぴたりと出すことはできません。表紙の値はどれも小数第1位で四捨五入されていて、丸めた数字どうしを組み合わせれば、そのぶんの誤差が乗るからです。読み取れるのは、動いた向きと、おおよその大きさまでです。

誤解のないように書いておくと、この期の三井住友FGは配当を増やしています。配当金総額は475,061百万円から601,667百万円へ、26.7%増えました。それでも配当性向が下がったのは、純利益の伸び(34.4%)が配当の伸び(26.7%)を上回ったからです。配当を減らしたのではなく、利益のほうが速く伸びた。同社の累進的配当方針と配当性向40%の組み合わせについては、【三井住友FG(8316)】6期連続増配、でも「累進配当」で合ってる?で株式分割や優待新設のスケジュールと一緒に整理しています。

逆に、2つが打ち消し合って動かない会社もある

スズキの2期は、三井住友FGとちょうど反対の組み合わせでした。

  2025年3月期 2026年3月期 動き
配当性向 19.0% 20.2% 上がった
ROE 14.6% 13.8% 下がった
DOE 2.8% 2.8% 動かない

配当性向が上がり、ROEが下がり、掛け算の結果は2.8%のまま。実数では2.774%から2.794%へわずかに動いていますが、小数第1位までしか公表されないので、表紙の数字は止まったように見えます。

DOEが動かなかったことは、中身が動かなかったことを意味しません。この2期のスズキは、年間配当金を41円から46円へ12.2%増やしています。それでもDOEが横ばいなのは、ROEが下がったぶんを配当性向の引き上げが埋めたからです。

私がここから決めたのは、ひとつです。DOEの変化を見たら、配当性向とROEのどちらが動いたのかを必ず分ける。「DOEが上がった」だけでは、還元を強めたのか、利益率が上がっただけなのか、区別がつきません。

5. 配当性向192.2%でも、株主資本への還元は9.1%だった

掛け算のいちばん極端な形が、JTの2024年12月期です。

配当金総額は344,461百万円。親会社の所有者に帰属する当期利益は179,240百万円。利益の1.9倍を配当に回しています。表紙の配当性向は192.2%。

それでも、DOEは9.1%です。翌2025年12月期の10.6%より低い。翌期の配当性向は81.4%と、半分以下まで落ちているにもかかわらず、です。

  2024年12月期 2025年12月期
配当金総額 344,461百万円 415,537百万円
親会社帰属当期利益 179,240百万円 510,175百万円
配当性向 192.2% 81.4%
ROE 4.7% 13.0%
DOE 9.1% 10.6%

配当性向が192.2%から81.4%へ落ちたのは、減配したからではありません。配当金総額は20.6%増えています。落ちた理由は分母のほうにあります。当期利益が179,240百万円から510,175百万円へ184.6%伸びて、分母が2.8倍に膨らんだからです。

ここが、この記事の要点です。

配当性向は「今年の利益に対して」の割合で、DOEは「積み上がった資本に対して」の割合です。2つをつないで倍率を決めているのがROEです。ROEが低い会社では、配当性向をどれだけ高くしても、資本に対する割合は配当性向ほどには跳ね上がりません。JTの2024年12月期は、利益の1.9倍を配ってもROEが4.7%だったので、株主資本に対する割合は9.1%でした。配当性向が192.2%という極端な数字になっている一方で、DOEのほうは翌期の10.6%より低い水準にとどまっています。

言い換えると、こうなります。配当性向が100%を超えているのを見たとき、それが「還元が厚い」のか「利益が落ちた」のかは、ROEを横に置けば見分けがつきます。JTの場合は後者でした。翌期に利益が戻ると、配当性向は普通の水準に落ち着き、DOEのほうは上がっています。同社の減配の履歴と、還元が事実上配当だけになっている経緯は【JT(2914)】配当272円へ増配。JTって減配したこと、ないんでしたっけ?にまとめました。

JTの「85.0%」は、この式には入れられない

ひとつ注意があります。JTの2025年12月期について、会社は期末配当を決める際に配当性向85.0%という数字を使っています。表紙の81.4%とは別物です。

短信の注記によれば、この85.0%の分母は、継続事業からの当期利益4,886億円です。カナダの訴訟和解に伴う負債の再測定と、スーダン子会社の清算に伴うのれん除却損という一過性の要因を除いて調整した数字です。表紙のROE(13.0%)の分母になっている当期利益とは違う数字になります。

だから、掛け算に入れられるのは表紙の81.4%のほうだけです。85.0%を13.0%に掛けても11.05%にしかならず、表紙のDOE 10.6%には合いません。調整後の配当性向は会社が配当を決めるための数字で、短信の表紙の中だけで完結している数字とは出どころが違います。この使い分けは配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめるでも一度触れましたが、恒等式で検算しようとすると、違いがはっきり数字に出ます。

6. 「DOE 3.0%」は、ROE次第で必要な配当性向が変わる

式は、逆向きにも使えます。

DOE=配当性向×ROEなので、両辺をROEで割ると、必要な配当性向=DOE目標÷ROE。DOEの目標を掲げている会社が、その目標を守るには配当性向を何%にすればいいのかが分かります。

DOEの目標を3.0%に置いて、ROEを変えたときに必要になる配当性向を計算しました。

その期のROE DOE 3.0%に必要な配当性向
15% 20%
12% 25%
10% 30%
7.5% 40%
5% 60%
3% 100%
2% 150%

この表は、私が式から作った計算例です。特定の会社の実績でも予想でもありません。

読めることが2つあります。

ひとつ目。DOEの目標を掲げるということは、その裏で配当性向を可変にすると宣言しているのと同じです。DOEを固定すれば、ROEが動いたぶんだけ配当性向が動きます。ROEが半分になれば、必要な配当性向は倍になる。DOEが「利益が落ちても配当を落としにくい」と言われる理由は、まさにこの構造にあります。逆に言えば、配当を落とさずに済むのは、利益が落ちた期に配当性向を引き上げているからです。

ふたつ目。ROEが3%まで落ちると、DOE 3.0%を守るには利益を全部配ることになります。それより下では、利益を超える配当になる。第5章で見たJTの2024年12月期は、まさに配当性向192.2%という、利益を超えて配る状態でした。DOEを掲げている会社かどうかにかかわらず、ROEが下がれば、配当性向の跳ね上がりという形で表に出てきます。

DOEという指標が業績悪化に強く、好業績のときの増配には弱いという性質そのものは、配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないことで大和総研の集計レポートを引きながら整理しました。今回やったのは、その性質が式の形からも同じように出てくることの確認です。これまでは読んで納得するだけだったものを、割り算ひとつで自分の手でも追えるようになりました。

7. 会社が掲げるDOEと、短信のDOEは一致しないことがある

ここまでの検算は、すべて決算短信の表紙の中で閉じた数字でやりました。この但し書きが要る理由は、スズキの短信を見ると分かります。

スズキは2026年3月期の決算短信で、累進配当の考えに基づいて還元を進めると説明したうえで、当期から累進配当に適した指標としてDOEを新たに採用し、その水準を3.0%とすると書いています。翌2027年3月期は年間配当金を51円とする予想で、DOEは3.0%になる、とも書き添えています。

ところが、同じ短信の表紙を見ると話が変わります。親会社所有者帰属持分配当率(連結)の欄は、2025年3月期も2026年3月期も2.8%。2027年3月期(予想)の欄には配当性向25.9%しか入っておらず、DOEは空欄でした。

会社は、この食い違いを自分で注記しています。同社が方針で使うDOEは、1株当たり配当金を、期首と期末の1株当たり親会社所有者帰属持分の平均で割ったものです。しかもその計算では、親会社所有者帰属持分から、その他の資本の構成要素を除きます。そのうえで、決算短信の表紙に載っている親会社所有者帰属持分配当率(連結)とは一致しない、と明示しています。

短信の欄との違いは2点あります。

  短信表紙の欄 スズキが方針で使うDOE
分子・分母の単位 総額 1株あたり
分母の中身 親会社所有者帰属持分 その他の資本の構成要素を除いた持分

その他の資本の構成要素には、為替換算調整勘定などが入ります。海外事業の比重が大きい会社ほど、ここを含めるかどうかで分母が動く。分母が違えば、第2章で見たとおり、掛け算の答えは別物になります。会社が掲げるDOEに、短信表紙の配当性向とROEを掛けても合わないのは、当然です。

DOEの分母が会社ごとに違うこと自体は、配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないことで4社の脚注を並べて確かめました。「DOE」という同じ3文字に、複数の計算が同居しているという話です。スズキが目を引いたのは、その食い違いを会社の側から先に書いているところでした。私が見た範囲では珍しい部類です。読む側は、注記を探す手間が省けます。

そこで、この記事の検算にはひとつルールを決めました。掛け算で確かめられるのは、同じ短信の表紙の中で完結している数字だけ。会社が方針として掲げるDOEは、注記の分母を読むまで別の指標として扱う。JT・三井住友FG・三菱UFJの3社が方針文でそれぞれ何を約束し、何を約束していないかは「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJで原文を突き合わせています。

出典:スズキ「2026年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2026年5月14日, p.1・p.3-4/同「配当について」(いずれも2026年8月27日取得)

まとめ:3つの数字を、必ず横に並べる

今回やったことは、割り算と掛け算だけです。それでも、前の記事を書いたときには見えていなかったものが出てきました。配当性向とDOEは対立する指標ではなく、同じ配当を「今年の利益」で割るか「積み上がった資本」で割るかの違いにすぎず、2つはROEで結ばれている。用語集に1行だけ載っているあの式は、実際の決算短信の数字でも最終桁まで成り立っていました。

目にする数字 それだけで分かること ROEを横に置くと分かること
配当性向 ◯% 今年の利益のうち、配当に回した割合 株主資本に対する厚み。ROEが低ければ、配当性向が高くてもDOEは低い
DOE ◯% 株主資本に対する配当の割合 上がった原因が増配なのか、ROEの上昇なのか
配当性向が下がった 利益に対する配当の比率が縮んだ 減配とは限らない。利益の伸びが配当の伸びを上回っただけのことがある
DOEが横ばい 資本に対する配当の割合が変わらなかった 配当性向とROEが逆に動いて打ち消し合っただけのことがある
会社が掲げる「DOE ◯%」 会社が置いた目標水準 注記の分母を読むまで、短信のDOEと比べられない

私が決めた3つ

この検算のあと、手元の表計算ソフトの列を組み替えました。DOEの列の隣に、配当性向とROEを必ず置く。3つそろっていない期は、空欄のまま残して埋まるのを待つことにしました。

配当を生活費にしているなら、DOEの上昇を増配と読まないこと。私にとっては、これがいちばん大きな収穫でした。口座に振り込まれる金額は、1株当たりの配当金と持っている株数で決まるのであって、DOEという比率で決まるわけではありません。三井住友FGの2026年3月期はDOEも配当も両方増えましたが、スズキの2026年3月期はDOEが横ばいのまま1株当たりの配当金が12.2%増えています。比率と実額は別々に見る。

DOE目標を掲げる会社を長く持つつもりなら、ROEの推移を追うこと。第6章の逆算表のとおり、ROEが落ちた期に目標DOEを守るには、配当性向を引き上げるしかありません。方針が維持されるかどうかは、配当のニュースより先にROEのほうに表れます。

会社の方針DOEと短信のDOEを比べたくなったら、注記を先に読むこと。注記が見当たらないなら、比べないほうが安全です。スズキのように会社が食い違いを書いてくれている例ばかりではありません。

前の記事の最後に、DOEそのものの読み方は別の記事で掘り下げると書きました。掘り下げて出てきたのは、DOEを単独で読む方法ではありませんでした。DOEは単独では読めない、という結論です。分母に自己資本を置いた時点で、この指標はROEと切り離せなくなります。

あわせて読みたい

【免責事項】本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を推奨するものでもありません。記載の数値は、執筆時点(2026年8月27日)に各社が公表している決算短信および証券会社・運用会社の用語集にもとづく整理です。第3章の「掛け算」欄、実数による再計算、平均自己資本、第4章・第5章の増減率、第6章の逆算表は、いずれも筆者が公表数値をもとに計算したもので、各社が公表している数値ではありません。第6章の逆算表は式から作った計算例であり、特定の会社の実績・予想を示すものではありません。日本たばこ産業の2025年12月期については、決算短信表紙の連結配当性向81.4%と、会社が期末配当の算定に用いた調整後の配当性向85.0%が別の数字であるため、本記事の検算には前者のみを使用しています。スズキの2027年3月期のDOE 3.0%は、同社が決算短信で示した予想であり、実績ではありません。同社が方針で用いるDOEの計算式は決算短信表紙の親会社所有者帰属持分配当率(連結)とは分母が異なると会社自身が注記しており、両者を直接比較することはできません。三菱UFJフィナンシャル・グループの配当性向が1株ベースであるという記述は、筆者が短信表紙の公表値から逆算した結果であり、会社がその旨を注記しているものではありません。各社の決算短信PDFは2026年8月27日に各社の公式サイトから取得しました。最終的な判断は、必ず各社および各官庁の最新の資料をご自身で確認のうえ、自己責任でお願いします。

自社株買いとは何か|会社法が決めているのは「株数・金額・期間」の3つだけ

 

 

 

 

 

 

こんにちは、配当日記です。

前の記事の最後に「自社株買いが株主にとって何を意味するのかは、別の記事で改めて掘るつもりです」と書きました。その記事です。

保有している3社の株主還元方針から、今度は自己株式に触れている部分だけを抜き出しました。

日本たばこ産業(JT・2914)は「自己株式の取得は、当該年度における財務状況及び中期的な資金需要等を踏まえて実施の是非を検討」。三井住友フィナンシャルグループ(8316)は「自己株取得は、資本の状況、業績動向、当社株価の水準、成長投資機会、資本効率向上等を考慮し、判断いたします」。三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)は「資本効率の向上に資する株主還元策として、業績・資本の状況、成長投資の機会および株価を含めた市場環境を考慮し、機動的に実施」。

3社の言葉を並べると、少し困りました。配当のほうには「配当性向75%を目安」「配当性向40%を維持」「配当性向を40%程度とし」という数字が付いています。ところが自己株式のほうには、3社とも数字がありません。あるのは「検討」「判断」「機動的に」という言葉だけです。

これを、どう読めばいいのか。「機動的に実施」は、実施するという約束なのか。それとも、実施しないこともあるという意味なのか。

IT企業でシステムエンジニアをしていたころ、案件の見積もりでは、まず上限の枠を作りました。決裁を通すのは枠の金額で、実際にいくら使うかはそのあとの話です。枠を満額まで使い切った案件もあれば、半分近く残したまま終わった案件もありました。枠が承認されたことと、その金額が実際に動いたことは、別の事実として管理する。それが当たり前の仕事の作法でした。自社株買いのニュースに出てくる「◯◯億円」が、枠の話なのか実際に買った額の話なのか、私は長いあいだ区別せずに読んでいました。

そこで、会社法と金融商品取引法の条文、東京証券取引所が2023年と2026年に出した要請文、日本取引所グループの解説ページ、国税庁のタックスアンサー、そして保有3社のIR資料と3つの調査機関の集計レポートを、順番に開いていきました。分かったことから先に3つ書きます。

ひとつ。会社法が決めさせているのは「株数」「金額」「期間」の3つだけで、買う義務はどこにも書かれていません。むしろ金融商品取引法のほうには、買わなかった月も報告しなさい、という括弧書きが入っていました。

ふたつ。市場全体でも、設定された枠の3分の1ほどは買われていません。ニッセイ基礎研究所の集計では、進捗率は約65%でした。

三つ。東証は要請文の本文で、自社株買いだけの対応を期待するものではない、と書いています。「東証が求めたから自社株買いが増えた」という説明はよく見かけますが、原文はそういう書き方をしていませんでした。

なお本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を勧めるものでもありません。株価・配当利回り・PER・PBRといった日々動く数字にも触れません(第8章で紹介する、過去の集計だけが例外です)。

この記事の内容

1. 会社が決めているのは「株数」「金額」「期間」の3つだけ

まず言葉から確かめます。「自社株買い」は通称で、法律の条文に出てくる名前は自己株式の取得です。各社の開示文書のタイトルも、こちらの名前になっています。以下、条文や開示に沿う場面ではこの正式名称を使います。

そもそも、いつでも買えるわけではない

会社法第155条は、こう始まります。

株式会社は、次に掲げる場合に限り、当該株式会社の株式を取得することができる。

「次に掲げる場合に限り」。この条文は13号まで事由を列挙する形になっていて、会社が自分の株を買えるのは、法律が認めた場合だけだという建て付けになっています。上場企業がふだん行っている自社株買いは、このうち第3号にあたります。

決めるのは3つ。実施する義務は書かれていない

その第3号が指しているのが、次の第156条第1項です。

株式会社が株主との合意により当該株式会社の株式を有償で取得するには、あらかじめ、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。ただし、第三号の期間は、一年を超えることができない。
一 取得する株式の数
二 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総額
三 株式を取得することができる期間

定めなければならないのは、株数・総額・期間の3つです。そして期間には「一年を超えることができない」という但し書きが付いています。

ここで手が止まりました。決めた株数を買う義務も、決めた金額を使い切る義務も、この条文には書かれていません。定めるのは上限の枠であって、実行の約束ではない。配当の場合、決議した配当は会社の支払義務になりますが、自己株式の取得はそこが違います。

もうひとつ、開示を読むときに引っかかるのが決議機関です。第156条の本文は「株主総会の決議によって」となっているのに、実際の開示は「取締役会において決議いたしました」と書いてあることがほとんどです。根拠は第165条第2項にあります。

取締役会設置会社は、市場取引等により当該株式会社の株式を取得することを取締役会の決議によって定めることができる旨を定款で定めることができる。

会計監査人設置会社などについては、第459条第1項第1号にも同趣旨の定めがあります。いずれも「定款で定めることができる」という書き方で、あらかじめ定款に入れてあることが前提です。実際、三井住友FGが2026年5月13日と8月3日に出した開示は、タイトルの中に「会社法第459条第1項の規定による定款の定めに基づく自己株式の取得」と入れていて、本文では定款第8条を根拠として挙げています。株主総会を通さずに自社株買いが決まるのは、その会社の定款にその定めがあるからです。

買わなかった月も、国に報告する

「枠は上限にすぎない」というのは、私の解釈ではありません。金融商品取引法第24条の6が、もっとはっきり書いています。

上場株券等の発行者は、会社法第百五十六条第一項(略)の規定による株主総会の決議若しくは取締役会の決議(略)があつた場合には、(略)各報告月中に行つた自己の株式(略)の買付けの状況(買付けを行わなかつた場合を含む。)に関する事項(略)を記載した報告書を、各報告月の翌月十五日までに、内閣総理大臣に提出しなければならない。

この報告書の名前が自己株券買付状況報告書です。EDINETで誰でも読めます。

注目したいのは括弧の中です。「買付けを行わなかつた場合を含む」。枠を作ったのに一株も買わない月があることを、法律のほうがあらかじめ想定して、報告の対象に入れています。ここを読んで、冒頭の「機動的に実施」という3社共通の言い回しが、少し違って見えるようになりました。

買い方は3通り。相場操縦を防ぐための制限もある

実際にどうやって買うのか。日本取引所グループの解説ページには、上場会社が自己株式を取得する方法として、立会市場による買付けのほか、ToSTNeT-2およびToSTNeT-3を利用した買付けが可能だと書かれています。ToSTNeT-2は終値取引、ToSTNeT-3は自己株式立会外買付取引です。同じページには、日本取引所自主規制法人が「自己株式等の取得に関するガイドライン」を公表していることも記載されています。

会社が自分の株を市場で買う以上、放っておけば株価を動かす行為になりかねません。そのための規定が金融商品取引法第162条の2で、相場を操縦する行為を防止するために必要な事項を内閣府令で定めることができる、という条文です。買付けの数量や時間帯にどういう制限がかかっているかは、内閣府令の本文を私はまだ確認していないので、ここでは数字を書きません。「制限のない自由な買付けではない」という枠組みだけを押さえておきます。

出典:e-Gov法令検索「会社法」第155条・第156条・第165条・第459条/同「金融商品取引法」第24条の6・第162条の2/日本取引所グループ「自己株式取得」(ページ更新日2025年12月3日)/三井住友フィナンシャルグループ「自己株式の取得状況および取得終了ならびに自己株式の消却に関するお知らせ」2026年8月3日(いずれも2026年8月20日取得)

2. 配当と自社株買いは、同じ財布から出ている

配当と自社株買いは、別々の制度のように語られます。ところが条文では、同じ場所に並んで書かれていました。会社法第461条第1項です。

次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
二 第百五十六条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得(略)

この第461条第1項は、剰余金の配当を第8号に、自己株式の取得を第2号に置いて、ひとつの条文でまとめて規制しています。上限として置かれているのは、どちらも同じ「分配可能額」です。

つまり、配当と自社株買いは競合します。同じ財布から出ているので、片方に多く配れば、もう片方に回せる金額はその分だけ減る。総還元性向という指標が「配当+自社株買い」を分子にまとめているのは、この構造をそのまま映したものだったわけです。総還元性向の定義と、その語が東証の決算短信作成要領に一度も出てこないことは、配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないことで確かめたので、ここでは繰り返しません。

条文レベルで、何が同じで何が違うのか

  配当(剰余金の配当) 自己株式の取得
財源 分配可能額(461条1項8号) 同じ分配可能額(同項2号)
決議 株主総会が原則。定款の定めで取締役会も可(459条1項4号) 株主総会が原則。定款の定めで取締役会も可(165条2項・459条1項1号)
現金を受け取る株主 全株主が保有株数に応じて受け取る 売った株主だけ。売らなかった株主に現金は入らない
期間の縛り なし 決議で定めた取得期間は1年を超えられない(156条1項但書)
実施の義務 決議した配当は支払義務が生じる 枠は上限。使い切る義務はない

この表でいちばん大きいのは、3行目だと思っています。配当は保有しているだけで全員に入ってきますが、自社株買いで現金を受け取るのは、そのとき株を売った人だけです。売らずに持ち続けている株主の口座には、一円も入りません。生活費を配当でまかなっている立場だと、ここは実務的な差になります。

総還元性向の定義を、電卓で計算してみた

総還元性向は「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」と説明されます。定義を読んだだけでは腑に落ちなかったので、保有2社の実数で計算してみました。

  三菱UFJ
2026年3月期
三井住友FG
2026年3月期
配当性向(会社公表) 40.3% 38.0%
自己株式取得額 5,000億円 2,500億円
親会社株主に帰属する当期純利益 24,272億円 15,830億円
自己株式取得額÷純利益(筆者計算) 20.6% 15.8%
合計(筆者計算) 60.9% 53.8%
会社が公表している総還元性向 60.8% 54%

端数の処理による誤差はありますが、定義のとおりに計算すれば公表値にたどり着きます。計算してみると、総還元性向という1つの数字の中に、性質のまったく違う2つのお金が足し込まれていると分かりました。三菱UFJの60.8%のうち、株主の口座に振り込まれる部分は40.3%です。残りの20.6%は、株を売らなかった株主にとっては現金になっていません。

出典:e-Gov法令検索「会社法」第461条/三菱UFJフィナンシャル・グループ「2025年度 決算ハイライト」2026年5月15日, p.4/三井住友フィナンシャルグループ「2025年度決算投資家説明会」2026年5月18日, p.5・p.55/同「2026年3月期 決算短信」(連結配当性向38.0%)(いずれも2026年8月20日取得。合計欄は筆者が計算したもので、会社が公表している数値ではありません)

3. 買った株には、議決権も配当も付かない

「自社株買いをすると1株の価値が上がる」という説明を、私は意味が分からないまま受け流していました。会社が自分の株を買っても、会社の資産が増えるわけではないのに、なぜ残った株主の取り分が増えるのか。これも条文に書いてありました。

会社法第308条第2項です。

前項の規定にかかわらず、株式会社は、自己株式については、議決権を有しない。

そして第453条。

株式会社は、その株主(当該株式会社を除く。)に対し、剰余金の配当をすることができる。

括弧の中のこの一言が効いています。会社が自分で持っている株には、議決権も配当も付きません。だから、買い戻した分だけ、残っている株主の議決権比率と、1株あたりに配分される配当原資は相対的に増えます。ここは条文から説明のつく話です。

いっぽうで、株価が上がるかどうかは、これとは別の問題です。市場が決めることであって、条文からは何も導けません。私はこの2つを、長いあいだ地続きのものとして読んでいました。

買っただけでは、発行済株式総数は減らない

もうひとつ、私が取り違えていた点があります。自社株買いで発行済株式総数が減ると思っていたのですが、そうではありませんでした。買った株は、会社が自己株式として保有しているだけです。数そのものが減るのは、次の第178条を使ったときです。

株式会社は、自己株式を消却することができる。この場合においては、消却する自己株式の数を定めなければならない。
2 取締役会設置会社においては、前項後段の規定による決定は、取締役会の決議によらなければならない。

「することができる」。つまり消却は義務ではなく、選択です。保有3社を見ても、ここの扱いは3通りに分かれていました。

会社 消却の扱い
三菱UFJ(8306) 方針として明文化。保有する自己株式の総数の上限を発行済株式総数の5%程度を目安とし、それを超える数の株式は原則として消却
三井住友FG(8316) 方針文には消却の記載がないが、取得のたびに開示で消却を決議している。2026年5月から7月に取得した28,018,600株は、2026年8月20日を消却予定日として開示
JT(2914) 株主還元方針のページに消却に関する記載なし

ニュースで「自社株買い」とだけ聞いたときには、消却まで進むのかどうかは分かりません。会社の開示を開いて、消却の決議が併記されているかを見るしかない。三菱UFJのように方針として書いている会社は、この点では読みやすいほうです。3社それぞれの詳しい中身は、【三菱UFJ(8306)】保有株主として確認しておきたい配当と資本の状況で整理しています。

出典:e-Gov法令検索「会社法」第178条・第308条・第453条/三菱UFJフィナンシャル・グループ「株主還元方針」/三井住友フィナンシャルグループ「自己株式の取得状況および取得終了ならびに自己株式の消却に関するお知らせ」2026年8月3日/日本たばこ産業「株主還元方針・配当」(いずれも2026年8月20日時点で確認できた範囲。JTのページについては第6章と免責事項の注記を参照)

4. 東証は「自社株買いをしろ」とは言っていない

ここが、この記事でいちばん確かめたかったところです。

「東証がPBR1倍割れの改善を求めたから、自社株買いが増えた」。この説明は本当によく見かけます。前の記事を書いたときには、私も大和総研が要約している範囲を紹介するにとどめ、要請文そのものは開いていませんでした。今回は原文を取りに行きました。

2023年3月31日の要請文に、釘が刺してある

東京証券取引所は2023年3月31日、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しています。その要請文の中に、こういう一節がありました。

なお、資本収益性の向上に向け、バランスシートが効果的に価値創造に寄与する内容となっているかを分析した結果、自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もありますが、自社株買いや増配のみの対応や、一過性の対応を期待するものではなく、継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための抜本的な取組みを期待するものです。

「自社株買いや増配のみの対応や、一過性の対応を期待するものではなく」。要請した側が、要請文の本文でわざわざ限定を付けています。自社株買いを有効な手段のひとつとして認めたうえで、それだけをやることは期待していない、という書き方です。

要請そのものへの対応は、かなり広がっています。東証が2026年8月14日に公表した集計では、プライム市場の94%(1,464社)、スタンダード市場の57%(887社)が開示済み(検討中を含む)。そのうちプライム市場1,269社、スタンダード市場524社が開示内容をアップデートしています。

2026年4月、東証は「検討の優先順位」という言葉を足した

この要請は、2026年4月28日にアップデートされています。全17ページの資料の中の「対応のポイント② 資本配分(キャピタル・アロケーション)方針」という節に、こう書かれていました。

資本配分(キャピタル・アロケーション)の検討にあたっては、自社の資本コスト、資本収益性とともに自社の成長フェーズを考慮したうえで、まずは中長期的に価値創造の源泉を強化するための成長投資を検討し、手元資金の適正水準も踏まえ、余資があれば機動的に株主還元に振り向けるという「検討の優先順位」が重要です

同じページには、中長期目線の機関投資家のコメントとして、次のような内容も載っています。

中長期目線の投資家が期待しているのは、目先の株主還元の拡大ではなく、中長期的な経営方針に沿って、積極的かつ規律ある成長投資を進め、将来の稼ぐ力を高めていくこと

株主還元の強化を掲げていても、資本配分の全体像・戦略が不透明であったり、業界平均を意識して一定の配当性向ありきで配当額を決めているような場合、短期的に資本効率・株価を引き上げるための一過性の対応に見えてしまう

3ページ目には、期待される効果として「投資家の自社への主な期待が、株主還元から成長投資の成功へと変化する」という一文も置かれています。

2つ目の引用は、前の記事の結論とまっすぐつながっていました。あの記事では、方針文に「配当性向◯%」と書いてあること自体は、その水準が妥当であることを何も保証しない、というところまでを確かめました。東証のほうも、業界平均を意識して一定の配当性向ありきで配当額を決めている状態を、投資家目線の問題として名指ししています。掲げている数字ではなく、その数字をどう決めたかの説明を見る。読む側と、要請する側で、見ている場所が同じでした。

配当性向という数字そのものの水準については、配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめるで東証の全社集計を2年分開いています。

出典:日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(プライム・スタンダード市場)」(2026年8月14日更新)/東京証券取引所上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」2023年3月31日/同「「資本コストや株価を意識した経営」に関する要請のアップデート」2026年4月28日/同「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況(2026年7月末時点)」2026年8月14日, p.2(いずれも2026年8月20日取得)

5. 市場全体の金額は、数え方で16兆円にも22兆円にもなる

では、実際どのくらいの規模なのか。ここで、冒頭に書いた「枠と実績を分けて管理する」という話がそのまま出てきます。

複数の調査機関のレポートを開いて、私は少し混乱しました。同じ「自社株買いは過去最大」という話なのに、金額が16兆円から22兆円まで振れているのです。

集計主体 期間 金額 何を数えているか
大和アセットマネジメント
(2026年1月8日)
2025年(暦年) 17.8兆円
(2024年は18.0兆円)
設定された取得枠。QUICKより作成
ニッセイ基礎研究所
(2025年12月22日)
2025年4〜11月 13.9兆円 TOPIX構成銘柄の設定額
野村アセットマネジメント
(2025年6月)
2024年度 約16兆円(過去最高) 実施ベース
日本経済新聞 2025年度 22兆3,250億円 設定した取得枠(有料記事のため、私は本文を確認できていません)

数字が割れる理由は3つに整理できます。ひとつ、取得枠を数えているのか、実際に買った額を数えているのか。ふたつ、暦年で区切るのか、年度で区切るのか。三つ、全上場企業を対象にしているのか、TOPIX構成銘柄に絞っているのか。この3つが違えば、同じ時期の話でも数字は当然ずれます。

買付ベースの動きも見ておきます。大和アセットマネジメントは、取得枠ではなく実際の買付金額で見ると2025年は11月時点ですでに2024年より18%多い、と書いています。あわせて、日本取引所グループの投資部門別売買状況で、事業法人が2025年に10.5兆円の買い越し(12月26日時点)、前年から35%の増加になっていることも紹介しています。

枠の3分の1は、買われていない

そして、この章でいちばん書きたかった数字です。ニッセイ基礎研究所の集計によれば、2025年4月から11月に設定された自社株買い13.9兆円のうち、12月17日時点の買付額は約9兆円。進捗率は約65%で、前年の約67%とほぼ同水準でした。

第1章で確かめたとおり、会社法第156条は株数・金額・期間を決めさせるだけで、買う義務を定めていません。金融商品取引法第24条の6は、買わなかった月も報告させています。制度がそう作られているとおりのことが、市場全体の数字にもそのまま出ていました。発表された枠のうち3分の1ほどは、少なくともその時点では実際の買付になっていません。

前の記事で、私は方針文について「約束していること」と「約束していないこと」を分けて読む、という整理をしました。自社株買いのニュースにも、同じ分け方がそのまま使えます。「1,800億円の自社株買いを発表」という見出しが確定させているのは、上限が1,800億円であることだけです。

なお、この章の数字はいずれも民間の調査機関が独自の定義で集計したものです。東証や公的機関が公表している統計ではありません。

出典:大和アセットマネジメント「2025年の自社株買い動向 自社株買いは2025年も高水準、2026年は再加速へ」2026年1月8日, p.1-2/ニッセイ基礎研究所「2025年度の自社株買いは高水準が継続〜2025年4〜11月の自社株買い動向〜」2025年12月22日/野村アセットマネジメント「増加する企業の自社株買い、株価下支え」2025年6月, p.1/日本経済新聞「自社株買い22兆円、5年連続増で過去最大」(いずれも2026年8月20日取得)

6. 保有3社の記録には「やらなかった年」がある

市場全体の話を、手元の3社に落とします。冒頭で並べた「検討」「判断」「機動的に」という言葉が、実際の記録とどう対応しているか。

  JT(2914)
12月期決算
三井住友FG(8316)
3月期決算
三菱UFJ(8306)
3月期決算
方針文での自己株式の扱い 「実施の是非を検討」 「機動的な自己株取得も実施」 「機動的に実施」
+消却の目安を明文化
直近の実績 2019年2〜3月が最後 2026年3月期2,500億円
→2027年3月期1,800億円(+α)
2026年3月期5,000億円
→2027年3月期上期1,000億円
過去の空白期 実施は2011年・2013年・2015年・2019年の4回のみ 2021年3月期・2022年3月期がゼロ 2021年3月期がゼロ。
2009年3月期から2014年3月期まで6期連続でゼロ
総還元性向の公表 (公表なし) あり(2026年3月期54%) あり(2026年3月期60.8%)

三菱UFJ:表に空いている2つの穴

三菱UFJは、自己株式の取得の状況を株主還元方針のページに公表しています。これがありがたい資料で、開いてみると表に2か所、はっきりした空白があります。

ひとつは、2019年11月から12月にかけての取得のあと、次が2021年11月まで飛んでいること。あいだの2021年3月期は、取得がゼロです。会社が公表している推移表でも、この期の自己株式取得額は「−」になっています。もうひとつは、2007年12月の取得を最後に、次が2014年11月まで約7年間ないことです。

この期別の対応が合っているかどうかは、自分で足してみました。2023年3月期は3,000億円と1,500億円で4,500億円。2025年3月期は1,000億円と3,000億円で4,000億円。2026年3月期は2,500億円が2回で5,000億円。いずれも会社の推移表と一致します。取得のたびに出る開示と、決算資料の年次推移は、同じものを別の粒度で見ているだけでした。

そして今期です。2027年3月期は、上期として1,000億円を上限とする取得を決議していますが、下期分については、外部環境や利益の進捗などを踏まえて別途検討する、という説明にとどまっています。2026年3月期の5,000億円と今期の1,000億円を並べて「還元が5分の1になった」と読むのは早い。まだ決まっていない部分があるからです。2026年8月20日時点で、株主還元方針のページに掲載されている自己株式関連の最新リリースは、2026年6月26日の取得終了に関するお知らせでした。

三井住友FG:金額の枠は99.99%使い、株数の枠は70.0%しか使わなかった

今期の三井住友FGは、この記事のテーマにとって最良の実例になりました。決議された枠と、実際の結果が、両方とも開示されているからです。

  枠(2026年5月13日 取締役会決議) 実績(2026年8月3日 公表) 消化率(筆者計算)
株式の総数 40,000,000株(上限) 28,018,600株 70.0%
取得価額の総額 1,800億円(上限) 179,999,535,300円 99.99%
取得期間 2026年5月14日〜7月31日

金額はほぼ使い切っているのに、株数は7割で止まっています。理由は割り算をすればすぐ分かりました。枠が示唆する単価は1,800億円÷4,000万株=4,500円。実際の平均取得単価は179,999,535,300円÷28,018,600株=約6,424円です。枠を決めた時点の想定より株価が高かったので、同じ金額で買える株数が減った、ということになります。

ここは、私にとって発見でした。自社株買いは金額で発表されますが、残った株主の1株あたりの取り分に効いてくるのは株数のほうです。「1,800億円」という数字は、その意味では最終的な結果を表していません。同じ理屈は三菱UFJにも当てはまり、2026年5月から6月の取得は99,999,771,608円÷31,967,100株で、平均取得単価は約3,128円でした。

過去にさかのぼると、三井住友FGにも自己株取得がゼロだった期があります。2021年3月期と2022年3月期です。会社は決算説明資料の中で、この時期の自己株取得が低い水準にとどまった理由として、コロナ対応と相場操縦事案を挙げています。「機動的に実施」という方針文の下で、実際に2期続けて実施されなかった局面が、ちゃんと記録として残っているわけです。株式分割や株主優待の新設を含む同社の全体像は、【三井住友FG(8316)】6期連続増配、でも「累進配当」で合ってる?で整理しています。

JT:7年間、一度も実施していない

3社のうち、いちばん分かりやすいのがJTでした。公式サイトに掲載されている自己株式の取得は2011年・2013年・2015年・2019年の4件のみで、直近は2019年2〜3月の約500億円(17,787,600株)です。

2019年が最後です。方針文には「実施の是非を検討」とありますが、検討した結果として実施しない年が7年続いている、という読み方が、記録とはいちばん素直に噛み合います。株主優待も2023年発送分で廃止されているので、JTの株主還元は事実上、配当がすべてです。

そのぶん、比較のときに困ることが起きます。JTは総還元性向を公表していません。公表しているのは配当性向だけです。第2章で銀行2社の総還元性向を検算しましたが、同じことをJTでやろうとしても、そもそも会社が数字を出していない。3社を総還元性向で横並びにする表は、作ろうとしても1列が空きます。

ここで、前の記事で確かめたことがまた効いてきます。総還元性向は東証の決算短信作成要領に一度も出てこない語で、書くかどうかも会社の自由でした。公表していない会社があるのは、ルール違反ではなく、そもそもそういう制度だということです。JT個別の中身は【JT(2914)】配当272円へ増配。JTって減配したこと、ないんでしたっけ?に、3社の方針文の読み比べは「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJにまとめています。

3社を並べて言えることは、3つです。

ひとつ。同じ「株主還元」でも、配当だけの会社と、配当と自社株買いの両方を使う会社があります。配当利回りだけを比べても、還元の全体像は比べられません。

ふたつ。自社株買いには「やらない年」があります。3社とも過去に空白期を持っています。配当のほうは、その間も毎期出ていました。

三つ。総還元性向を公表していない会社があります。3社を1つの指標で横並びにすることは、そもそもできません。

出典:三菱UFJフィナンシャル・グループ「株主還元方針」および「2025年度 決算ハイライト」2026年5月15日, p.4/三井住友フィナンシャルグループ「自己株式取得に係る事項の決定および自己株式消却に係る事項の決定に関するお知らせ」2026年5月13日・「自己株式の取得状況および取得終了ならびに自己株式の消却に関するお知らせ」2026年8月3日・「2025年度決算投資家説明会」2026年5月18日, p.54・p.55・p.58/日本たばこ産業「株主還元方針・配当」(消化率・平均取得単価は筆者が計算したもので、各社が公表している数値ではありません。JTのデータの取得時点については免責事項を参照してください)

7. 税率は同じ20.315%。違うのは、いつ払うか

「配当は税金で目減りするけれど、自社株買いなら課税されない」。この説明も、よく見かけます。国税庁のタックスアンサーで確かめました。

  配当を受け取ったとき 株式を売って利益が出たとき
税率 15.315%+地方税5%=20.315% 所得税15%+住民税5%+復興特別所得税=20.315%
課税方式 総合課税(配当控除あり)・申告分離課税・確定申告不要制度から選択 申告分離課税
いつ課税されるか 受け取るたびに 売ったときに

税率は同じでした。違うのは、いつ払うかです。配当は受け取るたびに源泉徴収されます。自社株買いのほうは、株主が売らないかぎり課税されません。会社が買い戻したことによる価値の変化は、株価の中に置かれたままになります。

市場で買う自社株買いに、みなし配当は生じない

ひとつ、条文を確かめておきたい点がありました。所得税法第25条第1項は、自己株式の取得を「みなし配当」が生じる事由として挙げています。ここに引っかかるなら、市場で売っただけでも配当所得として課税されることになる。ところが第5号には、こう書かれていました。

五 当該法人の自己の株式又は出資の取得(金融商品取引法第二条第十六項(定義)に規定する金融商品取引所の開設する市場における購入による取得その他の政令で定める取得(略)を除く。)

取引所の市場を通じた取得は、みなし配当の対象から明示的に外されています。東証で自社株買いをしている会社の株を、株主が普通に市場で売っただけなら、課税されるのは譲渡益だけです。配当所得は発生しません。

NISA口座では、この違いそのものが消える

ここまで税金の話を書いてきましたが、前提がひとつあります。課税口座での話です。

金融庁のNISAの解説ページには、通常なら売却して得た利益や受け取った配当に約20%の税金がかかるところ、NISAでは運用益(売却益・配当/分配金)が非課税になる、と書かれています。売却益も配当も、どちらも非課税です。

つまり、NISA口座で保有している分については、「配当と自社株買いで税制上どちらが有利か」という論点そのものが成立しません。税率も課税タイミングも、比べる対象がなくなるからです。私自身もNISAとiDeCoを使っているので、税金の話をするときは、まずどの口座の話なのかを分けて考えるようにしています。

出典:国税庁「No.1330 配当金を受け取ったとき(配当所得)」・「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(いずれも[令和7年4月1日現在法令等]、2026年8月20日取得)/e-Gov法令検索「所得税法」第25条第1項第5号/金融庁「NISAを知る」(2026年8月20日取得)

8. 配当と自社株買い、どちらが得か

この章だけは、これまでと性質が違います。ここまでは条文と開示と集計、つまり確かめられる事実を並べてきました。ここから書くのは、それらの事実をどう受け取るかという一般的な整理です。事実ではないので、そのつもりで読んでください。私の結論を押し付けるつもりもありません。

自社株買いを評価する側の論点

課税のタイミングを株主が選べます。配当は受け取るたびに引かれますが、売らなければ課税されません。

会社が持っている自己株式には、議決権も配当も付きません。第3章で確かめたとおりです。買い戻した分だけ、残った株主の1株あたりの取り分は相対的に増えます。

消却まで進めば、発行済株式総数そのものが減ります。三井住友FGは取得のたびに消却を決議し、三菱UFJは5%程度という目安を方針に書いています。

市場が前向きに受け取る場面もあります。ニッセイ基礎研究所は、株価が自社株買いの発表翌営業日にTOPIXを約2%上回る傾向が続いており、2025年度においても市場の評価は引き続き前向きだと集計しています。ただしこれは過去に観測された傾向であって、次の発表で同じことが起きる保証はどこにもありません。私はこれを「今後こうなる」ではなく「これまではこうだった」という記録として読んでいます。

自社株買いを割り引いて見る側の論点

現金が口座に入りません。これがいちばん大きいところです。利益になるかどうかは株価次第で、確実ではない。配当だけで生活している側からすると、自社株買いは今月の生活費になりません。

やらない年があります。第6章のとおり、保有3社とも空白期を持っています。会社法第156条は実施義務を定めておらず、金融商品取引法第24条の6は買わなかった月の報告も求めています。

枠は上限であって、実績ではありません。市場全体の進捗率は約65%でした。

金額の枠と株数の枠は、別物です。三井住友FGの今期は、金額枠を99.99%使いながら株数枠は70.0%でした。株価が高ければ、同じ金額で買える株数は減ります。

買っただけでは、発行済株式総数は減りません。消却して初めて減ります。

東証自身が、自社株買いだけの対応は期待していないと書いています。2026年4月のアップデートでは、中長期目線の投資家が期待しているのは目先の株主還元の拡大ではない、というところまで踏み込んでいました。

私の見方

私は、どちらが得かという問いに順位を付けられませんでした。前の記事のときと同じで、比べられるような単一の物差しが、そもそも存在しないからです。

そのうえで、自分の立場からひとつだけ書いておきます。いま家計に入ってくるのは配当金だけです。総還元性向が高くても、その分子が自社株買いに寄っていれば、私の口座に入る現金は増えません。前の記事で「総還元性向が約束していないのは配当の金額のほうだ」と書きましたが、今回条文まで読んでみて、これは表現の問題ではなく、会社法第461条が配当と自己株式の取得を同じ分配可能額の中で規制している以上、構造としてそうなっているのだと理解しました。

逆に、配当を今すぐ使う予定がなく、課税を先送りしたい人にとっては、同じ構造が逆向きに働きます。還元の形の良し悪しではなく、受け取る側が置かれている状況との相性の問題だ、というのが今回の私の整理です。

出典:ニッセイ基礎研究所「2025年度の自社株買いは高水準が継続〜2025年4〜11月の自社株買い動向〜」2025年12月22日/東京証券取引所上場部「「資本コストや株価を意識した経営」に関する要請のアップデート」2026年4月28日, p.5

まとめ:自社株買いの開示を読むときの6つの確認

一次資料を開いて分かったのは、自社株買いという制度が、思っていたよりずっと「決めていないこと」を多く残した作りになっているということでした。配当の方針文を読んだときと同じ構造です。

開示で目にするもの 確定していること 確定していないこと
取得枠(株数・総額) 取得の上限(会社法156条1項) 実際にいくら買うか。使い切る義務はない
取得期間 期間の終期。1年を超えられない(156条1項但書) その期間中に買うかどうか。買わない月も報告対象(金商法24条の6)
「機動的に実施」 会社が自己株式取得を還元手段として位置づけていること 今期実施するかどうか。3社とも過去に空白期がある
総還元性向◯% 配当と自社株買いを合わせた還元の割合 配当の金額。自社株買いに寄れば口座に現金は入らない
取得金額◯◯億円 会社が使った現金の額 取得した株数。株価が高ければ同じ金額で買える株数は減る
消却の決議 発行済株式総数が減ること(会社法178条) 消却は義務ではない。決議がなければ会社が保有し続ける

そのうえで、私が実際にやっている確認を6つ、並べておきます。

開示や記事にこう書いてあったら 確認すること
「◯◯億円を上限とする自己株式の取得」 これは枠。実績は取得期間の終了後に出る「取得状況および取得終了に関するお知らせ」か、EDINETの自己株券買付状況報告書で確かめる
「◯◯株を上限」と株数も書いてある 終了時の株数が上限に対して何%だったか。金額を使い切っていても、株数は残ることがある
「機動的に実施」「実施の是非を検討」 会社が公表している過去の推移表で、実施ゼロの年がどれだけあるか。方針文の言葉だけでは判断できない
「総還元性向◯%」 分子の内訳。配当がいくらで自社株買いがいくらか。そもそも公表していない会社もある
消却について何も書いていない 買った株を会社が持ち続けるのか、消すのか。発行済株式総数が減るのは消却してから
「自社株買いは株主還元だから良いこと」 東証は要請文の本文で、自社株買いのみの対応や一過性の対応を期待するものではない、と書いている

結局のところ、今回やったことも前回と同じでした。会社が発表した数行と、法律の条文を、要約せずに突き合わせただけです。そうすると、ニュースの見出しになる「◯◯億円の自社株買い」という数字が、上限であって結果ではないことが見えてきます。

そして、冒頭で並べた3行に戻ります。JTの「実施の是非を検討」、三井住友FGの「判断いたします」、三菱UFJの「機動的に実施」。どれも、実施を約束した文ではありませんでした。配当のほうに数字が付いていて、自社株買いのほうに数字が付いていないのは、書き忘れではなく、制度がそういう作りになっているからだった、というのが今回の答えです。

あわせて読みたい

【免責事項】本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を推奨するものでもありません。記載の制度・数値に関する情報は、執筆時点(2026年8月20日)に各法令、東京証券取引所、各社および調査機関が公表している資料にもとづく整理です。第5章および第8章で紹介した自社株買いの金額・進捗率・発表翌営業日の株価に関する集計は、いずれも大和アセットマネジメント、ニッセイ基礎研究所、野村アセットマネジメントが独自の定義で行ったものであり、東京証券取引所や公的機関が公表している統計ではありません。過去に観測された傾向であって、将来の結果を示すものではありません。日本経済新聞の22兆3,250億円という数値は有料記事のため、筆者は本文を確認していません。第2章・第6章の総還元性向の合計、消化率、平均取得単価は筆者が公表数値をもとに計算したもので、各社が公表している数値ではありません。三井住友フィナンシャルグループの28,018,600株の消却については、2026年8月3日の開示で消却予定日が2026年8月20日と示されていますが、執筆時点で消却の完了を伝える別途の開示は確認していません。日本たばこ産業の自己株式取得の実績は、2026年8月12日に同社サイトから取得した記録と、Internet Archiveの2026年1月13日時点のスナップショットを照合して確認したものです。2026年8月20日時点で同社サイトにアクセスできず原本を再確認できていないため、それ以降に新たな発表があった可能性を排除できません。税制に関する記述は国税庁タックスアンサー([令和7年4月1日現在法令等])および所得税法の条文にもとづくもので、最新の改正がすべて反映されているとは限りません。金融商品取引法第162条の2にもとづく内閣府令の具体的な制限内容は確認していないため、本文では触れていません。最終的な判断は、必ず各社および各官庁の最新の資料をご自身で確認のうえ、自己責任でお願いします。

配当方針の読み方|「累進配当」「DOE」「配当性向」「総還元性向」が約束していないこと

こんにちは、配当日記です。

保有している3社の株主還元方針を、公式サイトから書き写した3行が手元にあります。

三井住友フィナンシャルグループ(8316)は「累進的配当方針および配当性向40%を維持し」。日本たばこ産業(JT・2914)は「配当性向75%を目安(±5%程度の範囲内で判断)とする」。三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)は「配当性向を40%程度とし、利益成長を通じた1株当たり配当金の安定的・持続的な増加を基本方針とする」。

3社とも配当性向という言葉は使っています。ただ、三井住友FGだけは「累進的配当」という別の言葉を足していて、三菱UFJは「安定的・持続的な増加」という、似ているようで少し違う書き方をしている。この3つは、並べて比べられるものなのか。比べられるとして、どれがいちばん強い約束なのか。この3行を見比べながら、しばらく答えが出ませんでした。

要件定義の打ち合わせでいちばん時間を食うのは、機能そのものより「原則として」「〜を検討する」といった但し書きの詰めでした。IT企業のエンジニア職に就いていたころの話です。同じ日本語でも、書いた側と読んだ側で想定している範囲が違えば、あとで必ず揉める。いま家計に入ってくるお金は配当だけになったので、会社が配当について書いた文章は、私にとって読み物ではなく来年の生活費の前提です。但し書きを読む癖は、いまもそのまま残っています。

そこで、東京証券取引所が公表している決算短信の作成要領(全66ページ)、「累進配当」を掲げている6社の公式サイト、そして大和総研が公表している株主還元方針の集計レポートを、それぞれ直接開いて読みました。分かったことを先に3つ書きます。

ひとつ。決算短信の様式に「累進配当」と「総還元性向」という欄は存在しません。東証が計算式まで決めて全社に同じ形で書かせているのは、配当性向と純資産配当率(DOE)の2つだけでした。

ふたつ。同じ「累進配当」の4文字でも、会社ごとに設計が違います。掲げている6社を並べると、組み合わせている比率目標は5通りに分かれていました。

三つ。方針は変わります。大和総研は、2025年1月以降に累進配当を撤回、あるいは文言から「累進配当」の表現を削除した企業が10社あると報告しています。

なお本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を勧めるものでもありません。株価・配当利回り・PER・PBRといった日々動く数字にも触れません(第8章で扱う、過去の局面を対象にした指数ベースの分析だけが例外です)。

この記事の内容

1. 配当方針は、どこを開けば読めるのか

「配当方針」で検索して最初に困るのは、定義よりも置き場です。会社の配当方針は、大きく4か所に散らばっています。それぞれ載っているものと載っていないものが違うので、先に地図を作っておきます。

置き場 載っているもの 載っていないもの
①会社の株主還元方針ページ(IRサイト) 方針の文章そのもの(最新版) 過去にどう変わったかの履歴
②有価証券報告書の「配当政策」 方針の文章(その事業年度時点のもの) 年1回しか更新されない
③決算短信(通期)の1ページ目「2.配当の状況」 年間配当金・配当金総額・配当性向(連結)純資産配当率(連結)の実数 方針の文章は一切ない
④方針変更の適時開示(「株主還元方針の変更に関するお知らせ」等) 変更前と変更後の文言、変更理由 単発の開示なので、過去分は自分で探す必要がある

②の有価証券報告書に「配当政策」という項目があることは、大和総研が調査方法として明記しています。2025年9月11日のレポートには、その手順が書かれています。対象はTOPIX500構成企業(2025年8月末時点で497社)。2024年4月1日から2025年3月31日までに決算期末を迎えた事業年度について、有価証券報告書の「配当政策」の項目を調べた、とあります。あとで使う集計値は、すべてこの方法で採られたものです。

四半期の決算短信には、配当性向もDOEも載っていない

ひとつ、つまずきやすい点があります。東証の作成要領には参考様式が並んでいるのですが、通期の決算短信と四半期の決算短信では「2.配当の状況」の欄の数が違います。

通期(第1号参考様式・日本基準・連結)には、年間配当金・配当金総額(合計)・配当性向(連結)・純資産配当率(連結)の欄があります。ところが第2四半期(中間期)の様式にも、第1・第3四半期の様式にも、年間配当金の欄しかありません。配当金総額・配当性向・純資産配当率の欄そのものが用意されていないのです。

「決算短信を見れば配当性向が分かる」は、半分だけ正しい。開くべきは通期の決算短信です。

配当の状況欄は「振り込まれた時期」で並んでいない

もうひとつ。同じ作成要領には、配当の状況欄の並べ方について、こう説明されています。

「決算短信(サマリー情報)」又は「四半期決算短信(サマリー情報)」における「配当の状況」欄においては、投資者の便宜を考慮して、この配当原資による区分ではなく、基準日による区分にしたがって表示することとしていますのでご注意ください。

3月決算の会社なら、X2年3月期の欄に並ぶのは「X1年4月からX2年3月までに基準日が属する配当」です。具体的にはX1年9月末を基準日とする中間配当と、X2年3月末を基準日とする期末配当。実際にお金が振り込まれるのはX1年11月とX2年6月ですから、短信の欄に並んでいる配当と、その期に受け取った配当は別物です。入金ベースの家計簿と決算短信を突き合わせて合わないときは、たいていここが原因でした。

出典:東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月, p.16-17(基準日区分)・p.22(通期様式)・p.37(中間期様式)・p.53(四半期様式)/大和総研 中村昌宏「株主還元に比率目標を掲げる主要企業が6割を超える」2025年9月11日, p.2(いずれも2026年8月15日取得)

2. 決算短信に「累進配当」という欄はない

ここが、この記事でいちばん確かめたかったことです。

東証の作成要領のPDFを開いて、全66ページを機械的に全文検索してみました。結果はこうです。

出現回数
配当性向 4
純資産配当率 2
累進 0
総還元 0
DOE 0
株主還元 0

この計数は、私がPDFを取得して全ページをテキスト化し、自分で数えたものです。東証が公表している数字ではありません。数え方によって前後する可能性はありますが、「累進」「総還元」「DOE」が一度も出てこないことは、ページを繰って目で追っても変わりませんでした。

ここから言えることが3つあります。

ひとつ。東証が計算式まで指定して全社に同じ形式で書かせているのは、配当性向と純資産配当率(DOE)の2つだけです。だからこの2つは、どの会社の短信を開いても同じ定義で並んでいます。

ふたつ。「累進配当」「総還元性向」は様式にありません。書くかどうかも、どう書くかも、会社の自由です。会社が自分の言葉で書いた文章の中にしか存在しない言葉だ、ということになります。

三つ。であれば、同じ「累進配当」という4文字でも、会社ごとに中身が違っていておかしくない。次の章で、それを実際の方針文で確かめます。

出典:東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月(2026年8月15日にPDFを取得し、全66ページを筆者がテキスト化して計数)

3. 4つの言葉は、それぞれ何を約束しているのか

言葉の定義を、一次資料と証券会社の用語集で1つずつ確かめます。ここで大事なのは、どの言葉にも「何を約束しているか」と「何を約束していないか」の両方がある、という点です。

配当性向 ― 割合の約束であって、金額の約束ではない

東証が決算短信の記載ルールとして計算式を指定しています。日本基準では、当該事業年度に基準日が属する普通株式に係る1株当たり個別配当金(合計)を、1株当たり連結当期純利益で割って100を掛ける。IFRS採用会社は分母が「基本的1株当たり当期利益」、米国基準等では「1株当たり当社株主に帰属する当期純利益」になります。いずれの様式にも「分母がマイナスの場合は、『-』を記載してください」という注記が付いています。

約束しているのは、利益に対する配分の割合だけです。配当の金額は約束していません。割合が同じでも、利益が落ちれば配当も落ちます。配当性向の水準そのものをどう読むかは、配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめるで東証の全社集計を2年分開いて確かめたので、本記事では深追いしません。

純資産配当率(DOE) ― 会計基準で、欄の名前が3つに分かれる

DOEも東証が計算式を指定しています。ただし、決算短信での欄の名前は会計基準によって3通りです。

会計基準 決算短信での欄の名前 分母
日本基準(第1号様式) 純資産配当率(連結) (期首1株当たり連結純資産+期末1株当たり連結純資産)÷2
IFRS(第3号様式) 親会社所有者帰属持分配当率(連結) (期首1株当たり親会社所有者帰属持分+期末1株当たり親会社所有者帰属持分)÷2
米国基準等(第4号様式) 株主資本配当率(連結) (期首1株当たり株主資本+期末1株当たり株主資本)÷2

分子はいずれも「当該事業年度に基準日が属する普通株式に係る1株当たり個別配当金(合計)」で共通です。そして、「DOE」というアルファベット3文字は、作成要領66ページのどこにも出てきません。短信でDOEを見るときは、この3つの欄名のどれかを探すことになります。保有3社でいえば、三井住友FGと三菱UFJが「純資産配当率(連結)」、IFRSを採用しているJTが「親会社所有者帰属持分配当率(連結)」でした。

DOEが約束しているのは、株主資本に対する割合です。純資産は利益ほど激しく動かないので、利益が落ちても配当が急落しにくい。その代わり、利益が伸びたときの増配ペースは約束していません。この裏表については第6章で改めて扱います。

累進配当 ― 公的な定義がない

まず押さえておきたいのは、累進配当に公的な定義がないことです。前章のとおり、東証の作成要領には「累進」の2文字が一度も出てきません。

世の中に出回っている説明の中では、野村證券の用語解説集が分かりやすいと思います。株主に支払う配当金を毎年増配、または最低でも横ばいの水準で配当し続けること、というものです。大和総研は「1株あたりの配当金の水準を、直近の実績と同水準かそれを上回るとする」と書き、日本経済新聞社は指数の説明で「減配せず、増配か配当維持を続ける」と書いています。証券会社・調査機関・指数会社で言い回しは違いますが、中身は同じです。

約束しているのは、前期の1株配当を下回らないこと。約束していないのは、増配の基準と、その方針がいつまで続くかです。この2つが空白のまま残るところが、あとで効いてきます。

「累進配当を名乗る会社」と「累進配当指数の銘柄」は別の集合

「累進配当」で検索すると、日本経済新聞社が算出している日経累進高配当株指数(愛称:しっかりインカム)に行き当たります。指数プロフィルによれば、国内に上場する銘柄のうち累進的な配当を続けているものの中から、予想配当利回りの高いものを選ぶ、時価総額ウエート方式の株価指数です。

項目 内容
母集団の条件 10年以上連続して累進的な配当を続ける銘柄
銘柄数 30
銘柄入れ替え 年1回(6月末)
対象 国内証券取引所に上場する銘柄(TOKYO PRO Marketを除く)
公表開始日 2023年6月30日(遡及算出開始日2010年6月30日、基準日2010年6月30日=10,000)

注目したいのは母集団の条件です。「10年以上の実績」であって、「会社が累進配当を名乗っていること」ではありません。つまり、名乗っている会社の集合と、指数に入っている銘柄の集合は、そもそも別物として設計されています。

この「名乗り」と「実績」のずれは、保有3社を調べたときにも出てきました。「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJで、方針の言葉と実際の配当の動きが一致していなかったことを整理しています。

なお、この指数の算出要領PDFは画像ベースで、私の手元ではテキストを読み取れませんでした。「累進的」をどう厳密に判定しているかまでは確認できていないので、ここでは公式サイトの指数プロフィルに書かれている範囲にとどめます。

総還元性向 ― 分子に自社株買いが入る

野村證券の用語解説によれば、配当金と自社株買いの金額を合計し、当期純利益で割って求める指標です。この語も、東証の作成要領には出てきませんでした。会社が説明資料で任意に出している数字です。

約束しているのは、配当と自社株買いを合わせた還元の割合です。約束していないのは、配当の金額。自社株買いに寄せれば、総還元性向が高くても、株主の口座に現金は入ってきません。生活費を配当でまかなっている側からすると、ここは分子の内訳まで見ないと判断できないところです。自社株買いそのものの仕組みと株主にとっての意味は、別の記事で改めて扱います。

出典:東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月, p.27-28/野村證券「証券用語解説集|累進配当」「証券用語解説集|総還元性向」/日本経済新聞社「日経累進高配当株指数(愛称:しっかりインカム)」指数プロフィル/大和総研 中村昌宏「「累進配当」を採用するメリットと課題」2026年6月16日, p.1(いずれも2026年8月15日取得)

4. 同じ「累進配当」でも、設計はここまで違う

公式サイトに「累進配当」を掲げている会社を6社選んで、方針文を原文のまま並べました。要約すると差が消えてしまうので、あえてそのまま書き写しています。

先に断っておくと、このうち私が保有しているのは三井住友FGだけです。ほかの5社は、方針文の書き方の実例として引いているだけで、良い悪い、買う売るといった評価はしません。業績にも触れません。

会社 方針文(原文の該当部分) 組み合わせている指標 期間の限定 自社での用語定義
住友商事(8053) 「総還元性向を40%以上として、配当及び柔軟かつ機動的な自己株式取得を実施する」「累進配当*1 により、配当の更なる安定性向上及び利益成長に応じた増配を目指す」
*1 1株当たり年間配当金の前期実績に対して、配当維持または増配を行うもの
総還元性向40%以上 「中期経営計画2026」以降 あり(脚注で自社定義)
双日(2768) 「2024年4月にスタートした『中期経営計画2026』では、株主資本DOE4.5%(※1)とする累進的な配当方針としております」
※1 株主資本:その他の資本の構成要素(為替換算調整勘定、その他評価差額金、繰延ヘッジ損益等)を除外した前期末自己資本/株主資本DOE:支払配当 ÷ 株主資本
DOE 4.5% 「中期経営計画2026」 あり(DOEの分母を自社定義)
マルハニチロ/Umios(1333) 「中期経営計画『For the ocean, for life 2027』期間(2026年3月期〜2028年3月期)においては、配当性向30%以上を前提とした累進配当を基本方針とし…」 配当性向30%以上 あり(3年間と明示) なし
三菱ガス化学(4182) 「自己株式の取得を含めた親会社株主に帰属する当期純利益に対する総還元性向50%を中期的な株主還元の目安とし、財務健全性を損なわない限り減配は避けつつ累進的な配当政策を志向する『累進配当方針』を採用しております。また、DOE(自己資本配当率)についても、配当水準の指標とし、DOE 3.0%を中期的な配当額の目標としております。」 総還元性向50%+DOE 3.0% 中計期間(2025年3月期〜2027年3月期) なし(ただし「財務健全性を損なわない限り」という条件付き)
三菱商事(8058) 「2025年度より開始された『経営戦略2027』においても、「累進配当」の方針を継続致します。」 (このページ上には比率の記載なし) 経営戦略2027 なし
三井住友FG(8316) 「配当は、累進的配当方針および配当性向40%を維持し、ボトムライン収益の成長を通じて増配を実現してまいります。」
新中期経営計画では「累進的配当方針の進化:「減配しない」から、「毎期増配」へ」
配当性向40% (中計で「進化」と表現) なし

並べてみると、読み取れることが4つあります。

組み合わせている比率目標が、5通りに分かれています。総還元性向40%以上、DOE4.5%、配当性向30%以上、総還元性向50%とDOE3.0%の併用、配当性向40%。「累進配当」の4文字だけを見れば6社とも同じに見えるのに、その隣に置かれている数字は全部違います。

期間の扱いも違います。マルハニチロは「2026年3月期〜2028年3月期においては」と3年を明示しています。三菱商事は新しい経営戦略が始まるタイミングで「継続致します」とわざわざ表明している。逆に言えば、表明し直す必要があるということは、放っておいても続くとは限らないのです

住友商事と双日は、自社で用語の意味を脚注に書いています。住友商事は「1株当たり年間配当金の前期実績に対して、配当維持または増配を行うもの」と累進配当そのものの意味を、双日はDOEの分母を、それぞれ自分で書いている。裏を返せば、脚注のない会社では、読む側が言葉から意味を推測するしかありません。

三菱ガス化学の「財務健全性を損なわない限り」は、累進配当に条件が付いている実例です。この一節があるかないかで、方針文の意味はかなり変わります。

大事なのは、「累進配当と書いてあるかどうか」ではなく、「その1文の前後に何が書いてあるか」のほうです。方針文は長くても数行です。要約せずに全部読む。それだけで十分に実用的な作業になります。

なお、累進配当を掲げている会社はこの6社に限りません。設計の違いを見るために選んだ例なので、「日本企業はこうなっている」と一般化できるものではありません。

出典(いずれも2026年8月15日に各社公式サイトから取得):住友商事「株主還元情報」/双日「配当・株主還元」/マルハニチロ(Umios)「配当金・配当政策・株主優待」/三菱ガス化学「株主還元・配当」/三菱商事「株主還元情報」/三井住友フィナンシャルグループ「株主還元方針・配当情報」および2025年度決算投資家説明会資料 2026年5月18日, p.54-55

5. 「DOE 3%」の分母は、会社ごとに違う

前章で双日の脚注に「前期末自己資本」という言葉が出てきました。ここに、もうひとつ確かめておきたい落とし穴があります。

第3章のとおり、東証は決算短信のDOEの計算式を指定しています。ところが、会社が方針として掲げるDOEは、その式と違う分母を使っていることがあります。4つ並べます。

出どころ 分子 分母
東証・決算短信(日本基準) 1株当たり個別配当金(合計) (期首1株当たり連結純資産+期末1株当たり連結純資産)÷2
三井住友FG・決算短信の注記 普通株式配当金総額 (期首自己資本+期末自己資本)÷2
双日・方針 支払配当 前期末自己資本(為替換算調整勘定、その他評価差額金、繰延ヘッジ損益等を除外)
大同特殊鋼・方針 支払配当 (前期末の)株主資本(その他の資本の構成要素を除外した親会社所有者帰属持分)

違いは2点です。ひとつは期首と期末の平均をとるか、前期末の一時点だけを使うか。もうひとつはその他の資本の構成要素(為替換算調整勘定など)を分母に含めるか、除くか。

これは、会社が数字をよく見せようとしているという話ではありません。為替や評価差額のように事業の実力と直接つながらない変動を配当の基準から外しておきたい、というのは経営判断として説明のつくものです。私がここで書きたいのは是非ではなく、「DOE」という同じ3文字に、複数の計算が同居しているという事実だけです。

実務的な結論は単純です。会社の方針ページで、DOEの横に付いている※印の注記を必ず読む。注記がなければ、決算短信の純資産配当率の欄と会社の目標値を直接比べないほうが安全です。同じ「3%」でも、違う式で出した3%かもしれないからです。

出典:東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月, p.27/三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信」2026年5月15日, p.1注記/双日「配当・株主還元」/大同特殊鋼「株主還元方針の変更、剰余金の配当および配当予想の修正に関するお知らせ」2025年10月30日, p.1

6. 市場全体では、いま何が起きているか

ここまでは言葉の話でした。次に、その言葉を掲げる会社が増えているのか減っているのかを、大和総研の集計で確かめます。以下の数値はすべて、大和総研が公表しているレポートによるものです。東証や金融庁の見解ではなく、民間の調査機関が独自に集計・分析したものだという前提で読んでください。

出発点は、2023年3月末の東証の要請

大和総研は一連のレポートで、株主還元方針の見直しが増えた背景をこう整理しています。2023年3月末に東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請し、それ以降、上場企業の間で株主還元方針を変更する動きが活発になった、と。2025年9月11日のレポートでは、それ以前の転機としてコーポレートガバナンス・コードの適用開始(2015年)、東証による市場区分の見直し(2022年4月)、アクティビストの存在感の高まりも挙げられています。

なお、この要請そのものの通知文書は、私はまだ取得できていません。ここでは大和総研が要約している内容を紹介するにとどめ、要請の中身には踏み込みません。文書の所在は日本取引所グループのサイトにあります。

主要企業の3社に2社が、比率目標を掲げている

TOPIX500構成企業の有価証券報告書「配当政策」を集計した結果です。ここでの「2024年度」は、2024年4月1日から2025年3月31日までに決算期末を迎えた事業年度を指します。

年度 集計対象 比率目標あり 採用率
2014年度 476社 186社 39.1%
2022年度 495社 286社 57.8%
2023年度 496社 299社 60.3%
2024年度 497社 320社 64.4%

10年で39.1%から64.4%へ。さらに、比率目標を掲げていない177社のうち15社が、翌事業年度から採用すると記しています。撤回がないと仮定すれば67.4%、つまり3社に2社になる、と大和総研は書いています。

では、その目標値はどのくらいの水準に置かれているのか。

指標 最頻値 平均値 前年度比(平均値)
配当性向 30% 37.0% +1.0pt
総還元性向 50% 49.2% +0.9pt
DOE 3% 3.6% +0.3pt

ここは注意が必要です。この表は「会社が自分で掲げた目標値」の分布です。実際にその年いくらだったかという実績値ではありません。実績値のほうは東証が全社集計を公表していて、そちらは配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめるで2年分を開いています。目標値と実績値は別の軸なので、混ぜて読むと話が合わなくなります。

直近は「新設」より「引き上げ・変更」のフェーズ

次は適時開示ベースの集計です。株主還元方針に関する開示が、半年ごとに何件出て、その中身がどうだったか。

  2025年1-6月 2025年7-12月 2026年1-6月
開示件数 266件 101件 239件
うち増配を伴う開示 198件(74%) 63件(62%) 180件(75%)
比率目標の新設 61件(23%) 18件(18%) 31件(13%)
比率目標値の引き上げ 96件(36%) 32件(32%) 101件(42%)
方針の追加または変更 102件(38%) 35件(35%) 116件(49%)

新設の比率が23%から13%へ下がる一方、引き上げが36%から42%、追加・変更が38%から49%へ上がっています。ひととおり掲げ終えて、中身を調整する段階に入っているように見えます。ちなみに2025年通年の開示件数は364件で、大和総研によれば2009年以降で最多でした(2026年8月3日のレポートが示す上半期266件・下半期101件を単純合計した367件とは一致しません。集計元のレポートが異なります)。

では、2026年上半期に新設・追加された方針は、どの指標だったのか。ここが本題です。

方針 新設・追加(他方針からの変更を含む) 撤回(他方針への変更を含む)
DOE 58 2
累進配当 48 5
配当性向 39 32
総還元性向 15 13
配当金の下限 13 12

DOEと累進配当は、新設が撤回を大きく上回っています。一方で配当性向は撤回32件が新設39件に迫っており、総還元性向や配当金の下限も新設と撤回の件数差が小さくなっています。いま起きているのは、業績に連動する配当性向を手放して、業績に連動しにくいDOEや累進配当に切り替える流れだと読めます。

「下がりにくい」の裏側にあるもの

ここが、この章でいちばん書きたかったところです。大和総研は2026年8月3日のレポートで、こう指摘しています。

DOE や累進配当は、当期純利益を基準とする配当性向や総還元性向に比べ、業績が悪化しても減配する可能性が相対的に小さいというメリットがある。このことは、言い換えると業績が大きく伸びた際には、配当性向や総還元性向を採用した場合ほど、株主還元額が増えないことを意味する。

下振れを止める仕組みは、同時に上振れも止めます。当たり前といえば当たり前なのですが、「累進配当だから安心」という読み方をしていた頃の私は、この裏側をまったく見ていませんでした。

同レポートはもう一点、気になることを書いています。DOEを新設・追加したケースのうち約4割の企業は、配当性向や総還元性向といった業績連動型の方針を採用していない。そして直近1年間(2025年下半期から2026年上半期)については、その業績連動型を採用していない企業の8割が、ひとつの型に当てはまるといいます。それまで採用していた配当性向または総還元性向を撤回して、DOEに変更したケースです(「約4割」「8割」は同レポートの表現です)。さらに、こんな指摘もあります。

大和総研は「DOEの目標値を決めた経緯が、今後の平均的な利益水準の見通しを含めて開示資料の中で説明されているケースは確認できていない」とも指摘しています。

目標として置かれた3%なり4.5%なりが、その会社の中長期の利益水準に対して妥当なのかどうかが、外からは見えにくいということです。

いっぽう、2025年9月11日のレポートでは、組み合わせる形が多いことと、その利点も指摘されています。新しくDOEや累進配当を採用するというより、業績連動性の高い配当性向や総還元性向をすでに採用している企業が、そこに追加する例が多い。組み合わせておけば、業績が拡大したときの配当の上振れと、悪化したときの減配リスクの限定と、その両面に対応できる、という整理です。

つまり、方針文を読むときに見るべきは、「下振れを止める方針」と「上振れを取りにいく方針」を会社が両方持っているかどうか。第4章の6社比較表は、その組み合わせの実例が並んだ表でもありました。住友商事は累進配当と総還元性向40%以上、三菱ガス化学は累進配当と総還元性向50%とDOE3.0%、三井住友FGは累進的配当方針と配当性向40%。逆に、三菱商事の株主還元情報のページには、累進配当の方針は書かれていても比率目標の記載はありませんでした。

出典:大和総研 中村昌宏「安定配当型の方針が増えた2026年上半期の株主還元方針」2026年8月3日, p.2・p.3(図表3)・p.4(図表4)・p.6/同「株主還元に比率目標を掲げる主要企業が6割を超える」2025年9月11日, p.1-3(図表1・図表2)/同「増加してきた株主還元方針の見直しに一服感」2026年1月30日/日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(2026年8月15日取得)

7. 方針は変わる。「累進」は永久の約束ではない

「累進配当」という言葉から、私は長いあいだ「ずっと減配しない」という意味を受け取っていました。ここを確かめます。

撤回した企業が、実際にある

大和総研は2026年6月16日のレポートで、累進配当の課題としてこう書いています。

配当方針自体が変更される場合があり、「予想していなかった減配」に投資家が直面する可能性があることである。(中略)実際、2025年1月以降で、累進配当を撤回、あるいは方針の文言から「累進配当」の表現を削除した企業は10社ある。

10社の社名は公表されていないので、ここでは件数だけを事実として受け取ります。

同レポートは、すでに一部の企業が期間や条件を明示していることも報告しています。現在の中期経営計画が進行している間は減配しない、「原則として」という条件を付ける、特別配当を除いた普通配当だけを累進配当とする。こうした書き分けが現れている、という指摘です。そのうえで、「累進」という言葉から投資家やメディアが想起する時間軸と、経営陣が考える時間軸が一致しない確率が相応にあるのなら、他の文言に変えたり意図を伝えやすい文言を追加したりする工夫が必要だろう、と結んでいます。

ここで第4章に戻ると、話がきれいにつながります。マルハニチロが「2026年3月期〜2028年3月期においては」と3年を区切っているのも、三菱ガス化学が「財務健全性を損なわない限り」と条件を付けているのも、三菱商事が新しい経営戦略の開始時に「継続致します」と表明し直しているのも、この「期間を区切る、条件を付ける」の実例そのものです。大和総研の一般論と、実在の方針文が正確に噛み合っています。

方針変更の開示は、変更前と変更後が並べて書いてある

では、方針が変わったとき、読者は何を見ればいいのか。適時開示の実物を1つ見ておきます。大同特殊鋼(5471)が2025年10月30日に出した「株主還元方針の変更、剰余金の配当および配当予想の修正に関するお知らせ」です。この会社も保有していません。開示文書の読み方の例として引きます。

<従来>
・安定した利益還元を基本とし、連結配当性向30%以上を目安とする。
・キャッシュ・アロケーションの進捗を踏まえ、株主還元強化を検討する。

<変更後>
・財務の健全性を維持することを基本とし、連結配当性向30%以上を目安とする。
 ただし、下限指標をDOE(株主資本配当率)2.5%(※)とする。
・キャッシュ・アロケーションの進捗を踏まえながら、自己株式取得についても検討する。

※株主資本:その他の資本の構成要素を除外した親会社所有者帰属持分/DOE:支払配当÷(前期末の)株主資本

この形式のありがたいところは、差分だけを読めば済むことです。この開示の場合、「連結配当性向30%以上」はそのまま残り、そこに「DOE 2.5%の下限」が足されました。つまり上限を上げたのではなく、下限を作った変更です。第6章で見た「配当性向を手放してDOEへ」という流れの中では、組み合わせ型の実例にあたります。※印の注記に分母の定義が書かれているのも、第5章で確かめたとおりです。

会社が挙げている変更理由は、株主還元の充実と資本効率の向上を図ることを目的として下限DOEを導入し、安定的な配当を実現するというもの。適用は2026年3月期からとされています。

この開示では、配当予想も同時に修正されています。

  中間 期末 年間
前期実績(2025年3月期) 21円 26円 47円
直近予想(2025年5月8日公表) 16円 未定 未定
今回(2025年10月30日) 22円(決定) 27円 49円

ここは読み方に注意が必要です。中間配当は16円から22円へ6円増えていますが、これは5月時点の予想からの修正であって、前期実績21円と比べれば1円の差です。「6円の増配」と書いてある記事を見かけたら、どの数字とどの数字を比べているのかを確かめたほうがいい。私が引っかかりやすいのは、いつもこの手の比較の基準点でした。

配当を減らしにくい会社をどう見分けるかについては、【保存版】減配しない高配当株の見抜き方|累進配当銘柄を"構造"で選ぶ、実例と分析の完全ガイドにもまとめています。ただし本章で見たとおり、方針そのものが変わりうる以上、一度確認して終わりにはできません。

出典:大和総研 中村昌宏「『累進配当』を採用するメリットと課題」2026年6月16日, p.5/大同特殊鋼「株主還元方針の変更、剰余金の配当および配当予想の修正に関するお知らせ」2025年10月30日, p.1(2026年8月15日取得)

8. 下落局面で実際に何が起きたか

この記事では株価に触れないと最初に書きました。ここだけは例外にします。個別銘柄の株価ではなく、過去に終わった3つの下落局面を対象にした指数ベースの分析だからです。

大和総研は2026年6月16日公表のレポートで、累進配当を採用している企業の株価が、下落局面でTOPIXを上回ったことを報告しています。

下落局面 日経平均 TOPIX 底打ち時の対TOPIX相対株価(中央値) TOPIXを上回った企業の割合
①2024/7/11→2024/8/5 ▲25.5% ▲24.0% 106.6% 8割強
②2025/3/26→2025/4/7 ▲18.1% ▲18.6% 103.6% 7割強
③2026/2/27→2026/3/31 ▲13.2% ▲11.2% 102.6% 6割強

対象企業数は①104社、②149社、③221社。TOPIX500構成企業の有価証券報告書「配当政策」の記載、または2022年1月以降の適時開示資料をもとに大和総研が調査したものです。

ここは、書かれていないことのほうが大事だと思います。3点あります。

これは中央値であって、全社ではありません。③の局面で言えば、TOPIXを上回ったのは6割強。裏返せば4割近くは上回っていません。しかも局面が新しくなるほど、上回った企業の割合(8割強→7割強→6割強)も相対株価の中央値(106.6%→103.6%→102.6%)も下がっています。

下がった局面の話です。同レポートは、株価が反転すると相対株価の中央値は下落する、と書いています。さらに、2023年末から2026年5月末にかけて日経平均は2.0倍、TOPIXは1.7倍と大幅に上昇しており、累進配当を採用した効果は表れにくい期間だった、とも指摘しています。上がる場面では効きにくい、という但し書きが本文に付いているわけです。

そして、これは過去に起きたことの記録であって、次の局面で同じことが起きる保証はどこにもありません。私はこの表を「だから累進配当を掲げている会社を買えばいい」という意味では読んでいません。第6章で見た「下がりにくい代わりに上がりにくい」という性質が、株価の面でも同じ形で観測されている、という確認として読んでいます。下がりにくさを買うということは、上がりにくさも一緒に引き受けるということです。

出典:大和総研 中村昌宏「『累進配当』を採用するメリットと課題」2026年6月16日, p.2-4(図表1〜3)

9. 保有3社を、4つの言葉で並べる

冒頭で手が止まった3社に戻ります。ここまで見てきた4つの言葉を軸に並べ直すと、何が見えるか。

まず方針文のほうです。この3社の公式ページは2026年8月15日に再度取得しましたが、3日前に確認した内容と一字一句変わっていませんでした。

銘柄 方針文(原文) 4つの言葉のうち使っているもの
JT(2914) 「資本市場における競争力のある水準として配当性向75%を目安(±5%程度の範囲内で判断)とする」「自己株式の取得は、当該年度における財務状況及び中期的な資金需要等を踏まえて実施の是非を検討」 配当性向のみ
三井住友FG(8316) 「配当は、累進的配当方針および配当性向40%を維持し、ボトムライン収益の成長を通じて増配を実現してまいります」 累進配当+配当性向
三菱UFJ(8306) 「配当性向を40%程度とし、利益成長を通じた1株当たり配当金の安定的・持続的な増加を基本方針とする」 配当性向のみ(「安定的・持続的な増加」は累進配当という語ではない)

三菱UFJの「安定的・持続的な増加」を累進配当と呼びたくなるところですが、会社はその語を使っていません。第3章で見たとおり累進配当には公的な定義がなく、会社が自分の言葉で書くしかない領域です。だからこそ、書いていない言葉を読む側が補うのは危ないと考えて、私はここを分けて扱っています。

次に実数です。

  JT(2914)
2025年12月期
三井住友FG(8316)
2026年3月期
三菱UFJ(8306)
2026年3月期
会計基準 IFRS 日本基準 日本基準
方針上の配当性向 75%目安(±5%) 40%を維持 40%程度
配当性向 実績 85.0%(調整後ベース)
81.4%(報告ベース)
38.0% 40.3%
DOEの欄の名前 親会社所有者帰属持分配当率(連結) 純資産配当率(連結) 純資産配当率(連結)
DOE 実績 10.6% 3.9% 4.6%
総還元性向 (会社は公表していない) 54% 60.8%
「累進配当」の表記 なし あり なし

この表から、3つ書いておきます。

JTのDOE 10.6%は、目標値の統計と並べてはいけない数字です。第6章で見た主要企業のDOE目標値は最頻値3%、平均3.6%でした。10.6%はそれを大きく上回っています。ただしJTは「DOE◯%を目標とする」と一切公表していません。これは配当性向75%目安に沿って配当額を決めた結果、あとから計算されて出てくる実績値であって、会社が置いた目標ではない。目標値の分布と並べて高い低いを論じることはできません。DOEという欄には、目標として置かれた数字と、結果として出てきた数字の2種類が混在しているということです。

方針値との距離は、3社で違います。三菱UFJは40%程度の方針に対して40.3%でほぼ一致。三井住友FGは40%維持に対して38.0%とやや下回る。JTは75%±5%、つまり上限80%に対して調整後ベースで85.0%です。累進配当を掲げている三井住友FGが、直近では比率目標を下回っているというねじれについては、「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJで3社の増配実績と併せて追いました。

三井住友FGの「累進的配当方針+配当性向40%」は、第6章で大和総研が指摘していた組み合わせ型に当てはまります。下振れを止める方針と、業績に連動する方針を両方持っている形です。これは方針の設計がその型に該当するという事実の確認であって、だからこの会社が優れている、という話ではありません。実績のほうは上に書いたとおり方針値を下回っています。

もうひとつ、業種の傾向も見ておきます。大和総研が2025年9月11日のレポートで出している業種別の採用率(TOPIX500の主要企業の有価証券報告書ベース)では、累進配当の採用率が高いのは卸売業32%、銀行業25%、食料品19%。DOEは機械34%、化学29%、輸送用機器26%でした。銀行業の三井住友FGが累進配当を掲げ、食料品のJTが掲げていないのは、業種ごとの傾向で見れば特別に珍しい話ではありません。

なお大和総研は、別の母集団(東証プライム・スタンダードの各業種に対する新設・追加企業数の比率)でも業種別の数字を出しています。定義が違うので、ここでは前者だけを使いました。

3社それぞれの中身は個別の記事に分けています。【三井住友FG(8316)】6期連続増配、でも「累進配当」で合ってる?【JT(2914)】配当272円へ増配。JTって減配したこと、ないんでしたっけ?【三菱UFJ(8306)】保有株主として確認しておきたい配当と資本の状況の3本です。

出典:JT「株主還元方針・配当」/三井住友フィナンシャルグループ「株主還元方針・配当情報」/三菱UFJフィナンシャル・グループ「株主還元方針」(いずれも2026年8月15日取得)/各社の2025年12月期・2026年3月期 決算短信および決算説明資料/大和総研「株主還元に比率目標を掲げる主要企業が6割を超える」2025年9月11日, p.1

まとめ:方針文を読むときの5つの確認

一次資料を開いて分かったのは、探していた「どの方針がいちばん安心か」という順位が、そもそも存在しないということでした。あるのは、それぞれが何を約束して、何を約束していないかという対応関係だけです。

言葉 約束していること 約束していないこと
配当性向 利益に対する配分の割合 配当の金額。利益が落ちれば配当も落ちる
総還元性向 配当+自社株買いの合計の割合 配当の金額。自社株買いに寄れば配当は増えない
DOE(純資産配当率) 株主資本に対する割合。利益が落ちても配当が急落しにくい 利益が伸びたときの増配ペース
累進配当 前期の1株配当を下回らないこと 増配の基準と、その方針がいつまで続くか

そのうえで、私が方針文を読むときに実際にやっている確認を5つ、チェックリストの形にしておきます。

方針文にこう書いてあったら 確認すること
「配当性向◯%」 分母の利益が調整後か報告ベースか。JTのように2種類ある会社がある
「DOE ◯%」 ※印の注記で分母の定義を確認する。期首期末の平均か前期末の一時点か。その他の資本の構成要素を除いているか
「累進配当」 ①どの期間についてか(中期経営計画の間か、期間の記載がないか) ②条件が付いていないか(「原則として」「財務健全性を損なわない限り」「特別配当を除く」) ③増配の基準が別に書いてあるか
「総還元性向◯%」 分子のうち配当と自社株買いの内訳。自社株買いに寄れば手元に現金は入らない
「安定配当」 大和総研が「配当金の水準を維持することなのか、それとも減配してでも配当を継続することなのかと解釈に幅があり、分かりやすい表現ではなかった」と書いている表現。比率目標が併記されているかを見る

結局のところ、この記事でやったことは、会社が書いた数行の文章を要約せずに読む、それだけです。決算短信を開けば、配当性向と純資産配当率の2つは、どの会社でも同じ定義で並んでいます。それ以外の言葉は、会社が自分で書いた文章の中にしかありません。だから「累進配当と書いてあるから安心」ではなく、その1文がどの資料のどこに、どういう条件付きで置かれているかを見る。

DOEそのものの読み方と採用企業の傾向、そして自社株買いが株主にとって何を意味するのかは、それぞれ別の記事で改めて掘るつもりです。

あわせて読みたい

【免責事項】本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を推奨するものでもありません。記載の株主還元方針・配当性向・DOE・総還元性向に関する情報は、執筆時点(2026年8月15日)に東京証券取引所、各社および調査機関が公表している資料にもとづく整理です。文中で紹介した集計・分析のうち、開示件数・採用率・目標値の分布・下落局面の株価に関するものは、いずれも大和総研が公表しているレポートによるものであり、東京証券取引所や公的機関の見解ではありません。決算短信作成要領の語の出現回数は、筆者がPDFを取得して数えたもので、東京証券取引所が公表している数値ではありません。本記事で言及した住友商事・双日・マルハニチロ(Umios)・三菱ガス化学・三菱商事・大同特殊鋼は筆者の保有銘柄ではなく、方針文および開示文書の書き方の実例として引用したものです。配当方針および配当予想は将来の実現を保証するものではなく、変更される可能性があります。最終的な判断は、必ず各社の最新の開示資料をご自身で確認のうえ、自己責任でお願いします。

配当性向は何%なら安全か|東証の集計データで「業種別の目安」を確かめる

こんにちは、配当日記です。

手元の表計算ソフトに、保有している3社の配当性向を並べた行があります。日本たばこ産業(JT・2914)が85.0%、三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)が40.3%、三井住友フィナンシャルグループ(8316)が38.0%。JTだけは会社が使っている調整後ベースの数字で、この使い分けは記事の後半で説明します。

並べた瞬間に、手が止まりました。

検索すれば「一般的に30%程度が目安」という説明はすぐ出てきます。ではJTの85.0%は行き過ぎなのか。銀行2社の40%前後は健全なのか。そもそも、その30%はどこの誰が何社を数えて出した数字なのか。私はどれにも答えられませんでした。

前職はIT企業のシステムエンジニアです。仕様書に書いていない数値を現場の口伝えで運用すると、あとで必ず事故になる。その癖が抜けないまま投資を続けているので、出どころの分からない目安を家計の判断に混ぜるのが落ち着きませんでした。会社を離れたのは37歳、資産が3,000万円に届いた年です。しばらくは週3日ほどの仕事を残していましたが、それも終えて、いま家計に入ってくるのは配当金だけになりました。数字の根拠を確かめる手間は、以前より惜しまなくなっています。

そこで、東京証券取引所を運営する日本取引所グループが毎年公表している決算短信の集計ファイルを、直接ダウンロードして開きました。上場企業3,446社分の純利益と配当金総額が、33業種に分かれて入っている表です。2年分を並べて分かったことを、先に書きます。

「配当性向◯%以下なら安全」という基準は、一次資料のどこにもありませんでした。あるのは2種類の数字だけです。市場全体の実績値と、各社が自分で掲げた方針値。そして業種別の目安に至っては、同じ業種の数字が1年で半分以下になったり、倍近くに跳ねたりしていました。

なお本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を勧めるものでもありません。

この記事の内容

1. 配当性向とは何か。計算式は2通りある

読み方は「はいとうせいこう」。英語では payout ratio と呼ばれます。その期の純利益のうち、どれだけを配当に回したかを百分率で表した数字です。

計算式は、証券会社の用語集を見ると2通りの書き方が出てきます。

出典 計算式
SMBC日興証券 用語集 1株あたりの配当額 ÷ 1株あたりの当期純利益 × 100
大和証券 用語解説集 年間配当総額 ÷ 当期純利益
東証(決算短信集計の集計ルール) 配当金総額 ÷ 親会社株主に帰属する当期純利益

1株あたりで割っても、総額で割っても、理屈のうえでは同じ数字になります。初めて計算するなら、1株配当(DPS)÷1株利益(EPS)のほうが手を動かしやすいはずです。

細かい話をひとつ。東証が定めている決算短信の記載ルールでは、分子が「個別(単体)」の配当総額、分母が「連結」の当期純利益です。単体と連結が混ざった指標なんですね。国際会計基準(IFRS)を採用している会社は、分母が「基本的1株当たり当期利益」になります。あとで出てくるJTと資生堂が、これに当たります。

もうひとつ、野村證券の用語解説にはこう書かれています。「税引前当期純利益がベースになることもある」。同じ「配当性向」という言葉でも、会社や媒体によって計算の中身が違いうるということです。他人が出した配当性向をそのまま比べる前に、何を何で割った数字なのかを確かめる。ここが最初の分かれ道になります。

出典:SMBC日興証券「初めてでもわかりやすい用語集|配当性向」/大和証券「金融・証券用語解説集|配当性向」/野村證券「証券用語解説集|配当性向」/東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月, p.27(いずれも2026年8月15日取得)

2. 東証の集計で、市場全体は何%だったか

日本取引所グループは、上場する内国会社が出した決算短信を全社集計して毎年公表しています。直近の2025年度は、金融業を除く全産業3,446社が対象です。金融業4業種163社を足した3,609社の集計も、同じファイルに載っています。

ここで表記をひとつ決めておきます。東証の言う「2025年度」は、2025年4月期から2026年3月期までに決算日を迎えた会社をまとめたものです。個別の会社を引くときは「2026年3月期」「2025年12月期」と決算期で書き、市場全体の集計を引くときだけ「2025年度」と書きます。

長期の推移を抜き出しました。単位は%です。

年度 全産業 製造業 非製造業 (参考)純資産配当率・全産業
2006 25.17 24.60 26.26 2.33
2008 *(100%以上) …(算出不能) 52.63 2.31
2009 58.88 86.11 42.44 1.92
2013 29.20 30.74 27.05 2.34
2018 32.49 34.30 30.22 2.87
2019 47.71 52.90 42.63 2.87
2021 34.23 31.66 38.33 3.02
2023 34.17 34.76 33.38 3.01
2024 36.38 39.51 32.86 3.13
2025 38.08 45.67 30.93 3.28

「*」は100%以上、「…」は算出不能を表す記号です。数字はいずれも2026年7月10日現在の集計値です。

読めることが3つあります。

ひとつ目。危機の年を除けば、おおむね25〜38%の帯に収まっています。野村證券が2023年の記事で書いている「おおむね30%前後で推移」という説明は、2013年度から2018年度の実感としては、たしかに合っていました。

ふたつ目。直近3年は34.17→36.38→38.08と切り上がっています。「30%前後」という通説は、最新の実測値からは少し低い位置にあります。松井証券は「一般的に20〜50%程度」という幅で説明していますが、この幅なら直近も収まります。

三つ目が本題です。数字が跳ね上がるのは、危機の年でした。2008年度、つまりリーマンショックの年は全産業で100%超。製造業に至っては合計が赤字で、比率そのものが計算できていません。2019年度(2020年3月期を含む年度)は47.71%です。

配当を大盤振る舞いした年だったから、ではありません。分母の利益が落ちたから、比率が上がったのです。配当性向は、分子より分母で動きます。ここを取り違えると、「配当性向が高い会社=株主還元に手厚い会社」という読み違いをそのまま抱え込むことになります。私はしばらく抱えていました。

出典:日本取引所グループ「決算短信集計結果」2025年度 決算短信集計結果【連結】《合計》長期統計シート(2026年8月15日取得)/野村證券 NOMURAウェルスタイル「銘柄選びに役立つ2つの指標|配当利回りと配当性向」2023年6月8日/松井証券 マネーサテライト「配当性向とは?計算式や目安、高すぎるとどうなるかを解説」2025年8月22日

3. 業種別の「目安」は、1年で倍半分に動く

「配当性向は業種によって違う」という説明もよく見かけます。事実そのとおりで、2025年度の業種別の数字は大きくばらついています。全産業が38.08%なのに対して、上と下ではこうです。

業種 社数 配当性向 2025年度 配当性向 2024年度
鉄鋼 38 79.96 47.82
医薬品 77 75.53 59.94
繊維製品 44 67.58 43.64
食料品 121 55.13 62.33
ガラス・土石製品 49 37.43 83.80
銀行業 78 37.24 39.00
陸運業 57 27.27 22.58
空運業 5 23.59 25.09
情報・通信業 568 21.58 37.62
全産業 3,446 38.08 36.17

単位は%。2024年度の列は、2025年度ファイルの中で当期の集計対象会社について遡って集計された「前期」の数字です。2024年度単独で公表された値とはわずかにずれます。全産業の2024年度も、長期統計のシートでは36.38%、この前期の列では36.17%と、同じファイルの中で0.21ポイント違います。集計対象の会社が入れ替われば、市場全体の平均でさえこの程度は動くということです。

松井証券の説明を、翌年のデータで確かめる

業種別の数字には、たいてい理由の説明がセットで付いてきます。松井証券の記事は、2024年度の集計をもとにこう書いています。

ガラス・土石製品業界では配当性向が81.01%と最も高い水準となっています。これは、ガラス・土石製品企業が、インフラ産業への需要をもとに景気に左右されにくい安定した収益を確保しやすく、高配当を実現する堅実な財務基盤を有している傾向が強いためです。

一方で、電気・ガス業界では配当性向が16.06%と最も低い水準となっています。この業界では、インフラの維持や設備投資に多くの資金を必要とするため、事業拡大や安定運営のために内部留保を優先し、株主への還元が抑えられる傾向にあります。

筋の通った説明です。私も読んだときは納得しました。

引用中の81.01%は2024年度の集計ファイル自身の数値で、このあと使う83.80%は2025年度ファイルが同じ年度を遡って集計し直した値です。集計対象の会社が違うので、同じ業種・同じ年度でもこのくらいはずれます。

ところが、同じ東証データの翌年度を開くと、この説明では説明がつかなくなります。

業種 配当性向 2024年度 配当性向 2025年度 純利益の増減 配当金総額の増減
ガラス・土石製品 83.80% 37.43% +146.2% +9.8%
鉄鋼 47.82% 79.96% △49.8% △16.1%
電気・ガス業 16.07% 29.84% △35.0% +19.9%

ガラス・土石製品は、配当をほぼ据え置いたまま(配当金総額は+9.8%)、純利益が2.4倍あまりに増えました。その結果、配当性向は83.80%から37.43%へと半分以下になっています。前年の高さは、その業種の性格ではなく、その年の利益水準を映していた数字だったわけです。

鉄鋼は逆向きの動きをしています。純利益が半分近くまで減り、配当は16.1%しか減らさなかった。だから比率だけが80%近くまで跳ねました。

電気・ガス業も見ておきます。2024年度は16.07%で最下位でしたが、2025年度は29.84%。この間、配当金総額はむしろ19.9%増えています。増えているのに比率が上がったのは、純利益が前年比35.0%減だったからです。還元に消極的だから16%だった、という読み方は成り立ちません。なお、それぞれの利益がなぜ動いたのかについては、一次資料で裏を取れていないため、ここでは理由を断定しません。

業種別の配当性向は、その業種の性格ではなく、その業種のその年の利益水準を映している。だから、来年も同じ位置にあるとは限らない。目安として持ち歩ける数字ではありませんでした。

業種の数字は、たった1社で入れ替わる

もうひとつ、集計方法そのものに落とし穴があります。東証の集計方法の説明には、こう書かれています。

財務諸比率については、対象会社全社の実績数値の各項目を合計し、その合計値を基に比率を計算している

各社の配当性向を平均したものではない、ということです。全社の利益を足し、全社の配当を足してから割る。この方式だと、利益の大きい会社の影響が強く出ます。

いちばん分かりやすいのが、2025年度に21.58%と最下位だった情報・通信業(568社)でした。

  親会社株主に帰属する当期純利益 配当金総額 配当性向
情報・通信業 568社 合計 9,389,499百万円 2,034,361百万円 21.67%(東証の公表値は21.58%)
うち ソフトバンクグループ(9984) 1社 5,002,271百万円 62,686百万円 1.3%
(試算)同社を除いた567社 4,387,228百万円 1,971,675百万円 44.94%

ソフトバンクグループ1社で、情報・通信業568社の合計純利益の53.3%を占めています。この1社を差し引くと、業種の配当性向は21.58%から約45%へ、倍以上に変わりました。

この「除いた」計算は、私が東証の集計値から1社分を引いて出した試算です。東証が公表している数字ではありません。東証の公表値21.58%は比較可能な会社ベースで、単純に合計して割ると21.67%になります。試算では単純合計のほうを使いました。同社の数字は、決算短信の1ページ目に載っている当期利益5,002,271百万円と配当金総額62,686百万円をそのまま引いています。ここでは決算短信の読み方の例として数字を借りているだけで、この会社の配当方針を評価する意図はありません。

業種の平均を判断材料に使いたいなら、先にその業種で利益の上位を占めている会社が誰かを確かめる。手間はかかりますが、ここを飛ばすと1社の数字を業種の性格だと思い込むことになります。

出典:日本取引所グループ「2025年度 決算短信集計結果【連結】《合計》」および「2025年度 決算短信集計 集計方法の概要」p.1/松井証券 マネーサテライト「配当性向とは?計算式や目安、高すぎるとどうなるかを解説」2025年8月22日/ソフトバンクグループ「2026年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2026年5月13日, p.1/業種区分は日本取引所グループ「東証上場銘柄一覧」2026年7月31日現在

4. 「配当性向がマイナス」は決算短信には存在しない

「配当性向 マイナス」という検索が一定数あります。赤字の会社の配当性向をどう読むか、という疑問だと思います。

答えははっきりしていて、決算短信の配当性向欄にマイナスの数字が載ることはありません。東証の作成要領が、そう定めているからです。配当性向と純資産配当率の計算式が示された直後に、こう書かれています。

※分母がマイナスの場合は、「-」を記載してください。

同じ注記は、IFRS採用会社向けの第3号参考様式にも、米国基準等向けの第4号参考様式にも置かれています。東証の全社集計でも扱いは同じで、さきほどの2008年度の製造業が「…(算出不能)」になっていたのが、その現れです。

実例を1つ。株式会社資生堂(4911)の2025年12月期の決算短信です。

項目 2024年12月期 2025年12月期
親会社の所有者に帰属する当期利益 △10,813百万円 △40,680百万円
基本的1株当たり当期利益 △27.06円 △101.83円
年間配当金 40.00円 40.00円
配当金総額 15,985百万円 15,981百万円
配当性向(連結)
親会社所有者帰属持分配当率(連結) 2.6% 2.6%

この1枚の表で、3つのことが同時に分かります。2期続けて最終赤字であること。それでも年40円の配当は据え置かれていること。そして配当性向の欄は2期とも「-」で、マイナスの数字にはなっていないこと。

株価情報サイトなどで「配当性向 △◯%」という表示を見かけることがありますが、あれは赤字の1株利益で機械的に割り算した結果です。会社が開示している数字ではありません。私はこれを会社の開示値だと思い込んでいた時期があり、決算短信の現物を開いて初めて取り違えに気づきました。

赤字でも配当を出せるのは、法律の建て付けによる

配当の上限を決めているのは、その年の当期純利益ではありません。会社法が定める「分配可能額」です。会社法第461条第1項には、こうあります。

次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。

そして同条第2項で、分配可能額は「剰余金の額」などを基礎に算定すると定められています。剰余金は過去から積み上がってきたストックです。その年の利益がゼロでも赤字でも、分配可能額が残っていれば、配当は制度上できる。これは良し悪しの話ではなく、そういう建て付けになっているという事実の説明です。

配当を減らしにくい会社をどう見分けるかについては、【保存版】減配しない高配当株の見抜き方|累進配当銘柄を"構造"で選ぶ、実例と分析の完全ガイドに別途まとめています。利回りの高さではなく、会社が配当をどう約束しているか(方針文の言葉づかい、DOEのような目標の置き方)から構造で見る、という組み立ての記事です。

出典:東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」2026年7月, p.27-28/株式会社資生堂「2025年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2026年2月10日, p.1/会社法(平成十七年法律第八十六号)第461条(e-Gov法令検索で2026年8月15日取得)

5. 100%を超えるとき、何が起きているか

配当性向が100%を超えていれば、その期の利益より多い額を配当に回していることになります。この状態を指して「タコ足配当」と呼ぶ言い方があります。自分の足を食べるタコにたとえた表現で、稼いだ分ではなく過去の蓄えを取り崩して配っている、という含みで使われます。ただし決算短信に載るのは比率だけで、その年の配当が何を原資にしているかは、配当性向の欄からは読み取れません。

実際に100%を超えるとき、そこには型がいくつかあります。

型1は、利益が一時的に落ち込み、配当を据え置いた場合。典型的なのは市場全体でも起きた2008年度です。

型2は、一過性の損失で利益が凹んだ場合。保有しているJTが、この型の見本のような数字を出しています。

ベース 2024年12月期 2025年12月期
決算短信の記載(報告ベース) 192.2% 81.4%
JTのIRサイト掲載(調整後ベース) 74.3% 85.0%

2024年12月期に192.2%まで上がったのは、カナダ訴訟に関する損失引当金3,756億円を一括で計上し、利益が大きく凹んだためです。同じ期の調整後ベースでは74.3%。2倍以上の開きがあります。そしてJT自身が配当額の決定に使っているのは、調整後のほうです。冒頭で挙げた85.0%も調整後の数字で、報告ベースなら81.4%になります。

同じ会社の同じ期に、性格の違う配当性向が2つ並んでいる。どちらを見ているのかを言わずに数字だけ引くと、話が噛み合わなくなります。JTの配当と減配の履歴については、【JT(2914)】配当272円へ増配。JTって減配したこと、ないんでしたっけ?で2021年12月期の減配とその後の回復まで追いました。

型3は、会社自身が100%超を予想として出している場合。資生堂の2024年12月期の決算短信を開くと、配当の状況欄に2023年12月期の配当性向110.2%、2025年12月期の予想として266.3%という数字が記載されています。予想の段階で3ケタが載ることも、制度上はふつうにあるということです。ここでも数字を引いているだけで、この会社の判断について良し悪しを述べる意図はありません。

出典:JT「株主還元方針・配当」および「2025年12月期 決算短信」2026年2月12日, p.1/株式会社資生堂「2024年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」2025年2月10日, p.1

6. 配当性向が働かない場面で使える数字

ここまでの話をまとめると、配当性向の弱点は1つに集約されます。分母が毎年暴れることです。

さきほどの長期の表を、もう一度見てください。同じ会社群の同じ年で、2008年度の配当性向は100%超まで飛んでいるのに、いちばん右の純資産配当率(DOE)は2.31%です。前年が2.52%、翌年が1.92%ですから、平時とほとんど変わっていません。分母を利益ではなく純資産に取ると、指標の暴れ方がここまで違う。

資生堂の表でも同じことが起きていました。配当性向は2期とも「-」でしたが、親会社所有者帰属持分配当率は2.6%と数字が出続けています。配当性向が計算できない年でも、DOEなら比較ができる。大和証券の用語解説も、純利益の変動幅が大きいことを理由に、株主資本を基準にしたDOEを採用する企業が増えていると説明しています。

配当と自社株買いを合わせて見る「総還元性向」という指標もあります。野村證券の定義では、配当金と自社株買いの金額を合計し、当期純利益で割って求めるものです。

DOEそのものの読み方と、どんな会社が採用しているかは、別の記事で改めて掘ります。ここでは「配当性向が使えない場面でも数字が出る指標がある」というところまでにしておきます。

出典:日本取引所グループ「2025年度 決算短信集計結果【連結】《合計》」長期統計シート(2.52%・1.92%・2.31%の出所)/大和証券「金融・証券用語解説集|配当性向」/野村證券「証券用語解説集|総還元性向

7. 保有3社を、同じ年度の東証データに並べる

最後に、冒頭で手が止まった3つの数字に戻ります。東証の集計と同じ年度・同じ定義に揃えて並べると、何が見えるか。

3社の決算期は、いずれも東証の2025年度集計に含まれています。銀行2社の2026年3月期も、JTの2025年12月期も、2025年4月期〜2026年3月期の枠の中だからです。

銀行業78社と、メガバンク2社

  親会社株主に帰属する当期純利益 配当金総額 配当性向 純資産配当率(DOE)
銀行業 78社 合計(東証集計) 8,178,525百万円 3,046,623百万円 37.24% 3.38%
三菱UFJ(8306)・2026年3月期 2,427,200百万円 976,032百万円 40.3% 4.6%
三井住友FG(8316)・2026年3月期 1,582,973百万円 601,667百万円 38.0% 3.9%
(試算)上記2社を除く76行 4,168,352百万円 1,468,924百万円 35.24%

メガバンク2社だけで、銀行業78社の合計純利益の49.0%、配当金総額の51.8%を占めています。「銀行業の配当性向37.24%」という数字は、実質的にこの2社にかなり引っ張られた値です。2社を除いた76行の試算は35.24%でした。この試算も東証の公表値ではなく、私が集計値から2社分を差し引いて計算したものです。

そのうえで注目したいのは、業種の平均との距離ではありません。2社がそれぞれ自分で掲げている方針値が、どちらも「配当性向40%」だということです。MUFGは40.3%で方針どおり。三井住友FGは38.0%で、方針をやや下回っています。この2ポイントの差は、業種平均との比較からは絶対に出てこない情報です。

それぞれの中身は個別の記事に分けました。【三菱UFJ(8306)】保有株主として確認しておきたい配当と資本の状況ではCET1比率が会社のターゲットレンジを下回っている点まで、【三井住友FG(8316)】6期連続増配、でも「累進配当」で合ってる?では株式分割・株主優待新設のスケジュールまで整理しています。

食料品121社と、JT

JTは東証の33業種区分では「食料品」に分類されます。

  親会社に帰属する当期利益 配当金総額 配当性向
食料品 121社 合計(東証集計) 1,827,512百万円 1,009,390百万円 55.13%
JT(2914)・2025年12月期 510,175百万円 415,537百万円 81.45%(報告ベース)
(試算)JTを除く120社 1,317,337百万円 593,853百万円 45.08%

JTの81.45%は、配当金総額を当期利益で割って算出した報告ベースの数字です(決算短信の配当性向欄の記載は81.4%)。業種データと定義を揃えるため、ここでは調整後ではなく報告ベースを使っています。

JT1社で、食料品121社の配当金総額の41.2%を出しています。純利益のシェアは27.9%ですから、利益の割合以上に配当を出している計算です。JTを除いた120社の試算は45.08%で、業種の公表値55.13%より10ポイント低くなりました。これも私の試算です。

ではJTの81.45%は高すぎるのか。この問いに業種平均は答えてくれません。答えを持っているのは会社のほうで、JTは「配当性向75%を目安(±5%程度の範囲内で判断)」と掲げています。レンジにすると70〜80%。調整後ベースの85.0%は、その上限をさらに上回っています。業種平均から見れば異常値、方針値から見れば上限からのわずかな超過。同じ数字が、比べる相手によってまったく違う意味になります。

ちなみに、この3社のうち株主還元方針に「累進配当」と書いているのは1社だけでした。詳しくは「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJにまとめています。

出典:日本取引所グループ「2025年度 決算短信集計結果【連結】《合計》」/三菱UFJフィナンシャル・グループ「2026年3月期 決算短信」2026年5月15日, p.1/三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信」2026年5月15日, p.1/JT「2025年12月期 決算短信」2026年2月12日, p.1および「株主還元方針・配当」

まとめ:見るべきは水準ではなく、方針値との差

東証の集計ファイルを2年分開いて分かったのは、探していた基準が存在しないという事実でした。

一次資料にあるのは2種類の数字だけです。市場全体の実績値(2025年度・全産業3,446社で38.08%)と、各社が自分で掲げた方針値(JTは75%±5%、三井住友FGと三菱UFJは40%)。業種別の数字は毎年公表されていますが、ガラス・土石製品が1年で83.80%から37.43%へ動いたように、翌年まで持ち歩ける目安にはなっていませんでした。

私自身は、配当性向を単独では使わなくなりました。使うのは、会社が掲げた方針値との差を測るときだけです。方針値がある会社なら、実績がそこからどれだけ離れたか、離れたのは利益が動いたからか配当を動かしたからか、の2点で見ます。方針値を出していない会社では、配当性向という比率そのものがどこにも接続しないので、DOEなど別の数字を先に見ます。

そのうえで、この記事の数字から言えることを条件付きで3つ置いておきます。その年に利益が落ちた会社を探したいなら、配当性向の高い順に並べるやり方は機能します。ただし還元に積極的な会社を探す用途には向きません。業種の平均を判断材料にしたいなら、その業種で利益の上位を占める1〜2社を先に確認してください。情報・通信業のように、1社を除くと21.58%が約45%に変わることがあります。赤字の期の配当を見たいなら、配当性向の欄ではなくDOEの欄を見てください。配当性向は「-」としか出ません。

この記事には、意識して載せなかった数字があります。株価も、配当利回りも、PER・PBRも一度も出していません。日々動く数字で、公開した翌日には別の値になっているからです。

「◯%以下なら安全」と覚えるのではなく、その会社が自分で何%と言っていて、実績がそこからどれだけ離れているかを見る。手間は増えますが、こちらは翌年も使えます。

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【免責事項】本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を推奨するものでもありません。記載の配当性向・配当金・株主還元方針に関する情報は、執筆時点(2026年8月15日)に東京証券取引所および各社が公表している一次情報にもとづく整理です。東証の集計値は2026年7月10日現在のもので、今後の更新により変わる可能性があります。文中で「試算」と明記した数値は、東証の公表値ではなく筆者が集計値から特定企業分を差し引いて計算したものです。配当予想および業績予想は将来の実現を保証するものではありません。最終的な判断は、必ず各社および東京証券取引所の最新の開示資料をご自身で確認のうえ、自己責任でお願いします。

「累進配当」を掲げているのは3社のうち1社だけ|JT・三井住友FG・三菱UFJ

こんにちは、配当日記です。

「累進配当」という言葉を、私はずいぶん大づかみに使っていました。減配せず、少なくとも前年と同じ額を出し続ける方針。だいたいそういう意味だと覚えていて、高配当の銘柄をいくつか並べては「このあたりはどれも累進配当だろう」と考えていたのです。

その認識が雑だったと分かったのは、保有している3社のIRページを続けて開いたときでした。日本たばこ産業(JT・2914)、三井住友フィナンシャルグループ(8316)、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG・8306)。個別の記事を書くために株主還元方針を原文で読み直したところ、この言葉を方針文に置いていたのは、3社のうち1社だけでした。

私はIT企業のシステムエンジニアを37歳で辞めています。元手は、それまでに貯めた3,000万円。しばらくは週3日ほどの仕事を残していましたが、退職から3年が経ったいま、家計に入ってくるのは配当金だけになりました。会社が配当について何をどこまで約束しているのかは、私にとって読み物ではなく、来年の家計の前提です。

この記事では、3社の株主還元方針を公式サイトの原文で並べ、そこに書かれている言葉と、実際の配当の動き方を突き合わせます。株価・配当利回りには触れません(理由は記事の最後に置きました)。

なお本記事は投資助言ではなく、特定銘柄の売買を勧めるものでもありません。

この記事の内容

1. 3社の方針を、公式サイトの原文のまま並べる

まず、各社が公式サイトに載せている株主還元方針から、配当に関する部分を抜き出します。要約せず、書かれているとおりに並べます。

銘柄 配当に関する方針文(原文) 「累進配当」の表記
日本たばこ産業(JT・2914) 資本市場における競争力のある水準として配当性向75%を目安(±5%程度の範囲内で判断)とする なし
三井住友フィナンシャルグループ(8316) 配当は、累進的配当方針および配当性向40%を維持し、ボトムライン収益の成長を通じて増配を実現してまいります あり
三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306) 配当性向を40%程度とし、利益成長を通じた1株当たり配当金の安定的・持続的な増加を基本方針とする なし

出典:日本たばこ産業「株主還元方針・配当」/三井住友フィナンシャルグループ「株主還元方針・配当情報」/三菱UFJフィナンシャル・グループ「株主還元方針」(いずれも2026年8月12日取得)

3社とも、配当性向という比率を軸に置いている点は共通しています。違うのは、その比率に添えられた言葉のほうです。

三井住友フィナンシャルグループだけが「累進的配当方針」と書いています。同社は2026年5月18日の投資家説明会資料で、この方針を次の中期経営計画でどう扱うかを説明していて、そこには「累進的配当方針の進化:『減配しない』から、『毎期増配』へ」とあります。あわせて、配当を株主還元の基本に据え、利益の伸びに応じた1株当たり配当の成長を毎期実現していく、という趣旨の説明も加えられています。

ここから読み取れるのは、同社にとって累進的配当方針とはこれまで「減配しない」という意味であり、これからはそれを一段進めて「毎期増配」に置き直す、という整理です。

出典:三井住友フィナンシャルグループ「2025年度決算 投資家説明会資料」(2026年5月18日)PDF p.54〜55

残りの2社の言葉は、これとは強さが違います。

三菱UFJは「安定的・持続的な増加」。増やしていく方向は示していますが、減らさないとは書いていません。日本たばこ産業の方針文にも「株主還元の向上を目指す」という一文はありますが、これは株主還元全体についての言葉で、配当そのものに置かれているのは「配当性向75%を目安」という比率だけです。減らさないとも、毎期増やすとも書かれていません。この建て付けでは、利益が減れば、その75%も減ります。

「高配当株はどれも累進配当」とまとめてしまうと、この差が丸ごと消えます。私がやっていたのは、まさにこれでした。

2. 「累進配当」と書いていない2社は、減配してきたのか

では、名乗っていない2社の配当は不安定だったのか。ここは分けて見る必要があります。方針の言葉と、実際の配当の動きは、必ずしも同じ向きを指していないからです。

日本たばこ産業は2021年12月期に減配している

同社の1株当たり年間配当は、2019年12月期と2020年12月期がともに154円。次の2021年12月期は140円で、14円下がっています(同社の資料では2019年度・2020年度・2021年度と表記されている期です)。

これは方針から外れた出来事ではありません。配当性向75%を目安とする建て付けは、利益が減れば配当も減る設計です。減配しないと書いていない会社が、実際に減配した。言葉と実績は、この点では一致しています。

出典:日本たばこ産業「株主還元方針・配当」内「1株当たり配当金・配当性向の推移」(2026年8月12日取得)

三菱UFJは2009年3月期に減配し、それ以降は減らしていない

三菱UFJの年間配当は、2008年3月期が14円、2009年3月期が12円。ここで減っています。

ただし、そこから先は違います。12円が4期続いたあと、13円・16円・18円と上がっていき、直近の2026年3月期は86円。2009年3月期の12円を底に、それ以降で前年を下回った期はありません。途中に同じ金額が続いた区間は何度もありますが、下げてはいないという意味です。

ここが、この記事でいちばん引っかかったところでした。それだけの期間、減配していない会社が、方針文には「累進配当」とも「減配しない」とも書いていない。書いてあるのは「安定的・持続的な増加」です。

出典:三菱UFJフィナンシャル・グループ「配当情報」(2026年8月12日取得)

三井住友FGは2019年3月期以降、減配していない

名乗っている側の実績も確認しておきます。同社が投資家説明会資料に載せている1株当たり配当の推移は、2019年3月期の60円から始まり、63円・63円・70円・80円・90円・122円・157円(2026年3月期)と続きます。2024年10月1日の株式分割(1株を3株)を遡って調整した、会社公表の数値です。

この期間に、前年を下回った期はありません。ただし2020年3月期と2021年3月期はともに63円で、横ばいの期はあります。

「減配しない」という約束は、「毎年増える」という意味ではない。同社が新しい中期経営計画で「『減配しない』から『毎期増配』へ」と書いたのは、この差を埋めにいく話だと読めます。

出典:三井住友フィナンシャルグループ「2025年度決算 投資家説明会資料」(2026年5月18日)PDF p.55

ここまでを整理します。

  • 累進的配当方針を掲げる三井住友FG:2019年3月期以降、減配なし(横ばいの期はあり)
  • 掲げていない三菱UFJ:2009年3月期に減配。それ以降は減配なし
  • 掲げていない日本たばこ産業:2021年12月期に減配

「名乗る/名乗らない」は、そのまま「減配しない/する」の差ではありませんでした。三菱UFJは実績があるのに慎重な言葉を選び、日本たばこ産業は最初から比率だけを掲げて、そのとおりに減配しています。方針文の言葉は、過去の実績の要約ではなく、会社が自分に課そうとしている縛りの宣言だと考えたほうが、読み違えが減ります。

3. 方針に書かれた比率は、実績と合っているか

方針文には、言葉だけでなく比率も書かれています。こちらは実績と突き合わせられます。

銘柄 方針に書かれた比率 直近の実績
日本たばこ産業 配当性向75%を目安(±5%程度の範囲内で判断) 85.0%(2025年12月期・調整後ベース)
三井住友フィナンシャルグループ 配当性向40%を維持 38.0%(2026年3月期)
三菱UFJフィナンシャル・グループ 配当性向40%程度 40.3%(2026年3月期)

出典:日本たばこ産業「株主還元方針・配当」(2026年8月12日取得)/三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年5月15日)p.1/三菱UFJフィナンシャル・グループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年5月15日)p.1

並べる前に、断っておくことがあります。日本たばこ産業の配当性向には2種類あります。同社がIRサイトに載せているのは、配当の算定基礎として使っている調整後の当期利益をもとにした数字で、決算短信の「配当性向(連結)」欄に載る報告ベースの数字とは一致しません。2025年12月期は調整後85.0%に対して報告ベース81.4%。2024年12月期にいたっては、調整後74.3%に対して報告ベース192.2%です。この記事では、同社が配当額の決定に使っている調整後ベースを使います。

出典:報告ベースの数値は日本たばこ産業「2025年12月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年2月12日)p.1「2.配当の状況」

そのうえで、順に見ます。

三菱UFJの40.3%は、方針の「40%程度」とほぼ重なります。前の期にあたる2025年3月期は40.0%、今期(2027年3月期)の予想は40.1%。比率で見るかぎり、書いてあるとおりに動いています。

出典:三菱UFJフィナンシャル・グループ「2025年度 決算ハイライト」(2026年5月15日)PDF p.4

日本たばこ産業の85.0%は、目安の75%から10ポイント上にあります。方針文に添えられた「±5%程度」の幅を上に取っても80%ですから、そこからさらに5ポイント離れた位置です。この期の配当について同社は、カナダにおける訴訟の和解にともなう負債の再測定の影響などを除いた調整後の継続事業からの当期利益4,886億円を算定基礎にしたと説明しています。次の2026年12月期の予想は、同じ調整後ベースで75.2%です。

ただし方針文には「程度」という語が付いているため、会社がこの85.0%を目安から外れたものと見ているかどうかまでは、公表資料からは読み取れません。読み手として持っておけるのは、目安と実績のあいだにこれだけの開きが出る期がある、という事実のほうです。

4. 「累進配当」を掲げる会社が、直近では方針を下回っていた

残った三井住友フィナンシャルグループが、この記事でいちばん意外だったところです。

方針文には「配当性向40%を維持し」と書かれています。2026年3月期の実績は38.0%でした。

ただし、配当が減ったわけではありません。1株当たり配当は前の期の122円から157円へ、35円増えています。増配です。

比率が下がったのは、分母のほうが速く伸びたからです。同じ期の親会社株主に帰属する当期純利益は1兆5,830億円(原データは1,582,973百万円。億円未満を四捨五入しました)で、前期比プラス34.4%。これに対して1株当たり配当の伸びは28.7%です。利益の伸びに配当が追いつかず、割り算の答えが40%を下回った、という順番になります。

会社は2027年3月期の予想として、配当性向40.0%を置いています。

出典:三井住友フィナンシャルグループ「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年5月15日)p.1「2.配当の状況」

私はこの会社の株主で、手元にあるのは約200株です。買った時点の私は「累進配当と書いてある会社なら、配当は下がりにくいだろう」という程度の理解でした。方針文の40%と実績の38.0%にずれがあると知ったのは、この記事のために決算短信を開いてからです。

誤解のないように書いておくと、私はこのずれを問題だと言いたいわけではありません。増配しながら配当性向が下がる期があると分かっていれば、それで十分です。配当性向が前の期より低かったときに「減配の前触れではないか」と早合点せずに済みますし、逆に比率だけを見て「40%を守っているから安心」と読むのも一面的だと分かります。配当性向は、配当と利益という2つの数字の関係でしかありません。

まとめ:言葉ではなく、方針文と実績の2つで見る

3社を並べて分かったのは、「累進配当」は銘柄のカテゴリー名ではなく、その会社が自分の方針文に置いた言葉だということでした。名乗っているのは3社のうち1社。名乗っていない2社のうち1社は、実際には長く減配していません。

高配当の銘柄を見るときに、私がこれから確認することを3つに絞ります。

  • 1. 方針文に何と書いてあるかを、原文で読む:「累進的配当方針」なのか、「安定的・持続的な増加」なのか、「配当性向○%を目安」だけなのか。要約された紹介ではなく、会社の公式サイトに載っている文をそのまま読む
  • 2. 減配の実績は、期間を区切って確認する:「一度も減配していない」と「○年○月期以降は減配していない」は別の話。配当推移の表は、右端の直近数期だけでなく左へ遡って見る
  • 3. 比率は、どの基準の数字かを確かめてから比べる:日本たばこ産業のように、同じ期でも調整後ベースと報告ベースで倍以上違うことがある。基準を混ぜた比較表は作らない

そのうえで、私は3社とも保有を続けています。方針の言葉が弱いから外す、強いから増やす、という読み方をしていないのは、ここまで見てきたとおり、言葉の強さと実際の配当の動きが一致していなかったからです。私が見るのは方針文と実績の2つで、順番はいつも方針文が先です。書いてあることを先に押さえておかないと、実績の数字が動いたときに、それが方針どおりなのか方針から外れたのかを判断できません。

この記事には、意識して載せなかった数字があります。株価も、配当利回りも、PER・PBRも、一度も出していません。日々動く数字で、公開した翌日にはもう別の値になっているからです。利回りをご自身で計算する方は、その日の株価を必ず確認してください。

あわせて、三井住友フィナンシャルグループについては2026年10月1日に1株を2株にする株式分割が予定されています(基準日は2026年9月30日)。この記事で挙げた157円は、その分割を反映する前の1株当たりの金額です。分割後の株価と組み合わせて計算すると、答えがずれます。

出典:三井住友フィナンシャルグループ「株式分割、米国預託証券(ADR)の原株との交換比率変更及び定款の一部変更に関するお知らせ」(2026年5月13日)

3社それぞれの中身は、個別の記事に分けてまとめています。

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【免責事項】本記事は投資助言ではなく、特定の銘柄の売買を推奨するものでもありません。記載の配当・配当性向・株主還元方針に関する情報は、執筆時点(2026年8月14日)に各社が公表している一次情報にもとづく整理です。配当予想および業績予想は将来の実現を保証するものではなく、今後修正される可能性があります。最終的な判断は、必ず各社の最新の開示資料をご自身で確認のうえ、自己責任でお願いします。